闇を我が手に
お久しぶりです。
かなり間が空きました。
ですが、おそらく次も相当間が空くと思います。
すみません。
「……い! おい! 大丈夫か?」
「ん……? お、兄様?」
「大丈夫か? アレグラ。呼んでも呼んでも戻ってこないから心配した」
「呼んだ……? 全然聞こえませんでしたよ?」
「だが、かなり呼んだぞ?」
なかなか目を覚まさない妹を心配したウェンリルは必死で妹を呼び続けた。だが、彼の可愛い妹達は一向に目を覚ます気配を見せず、それが彼を焦らせた。
結果、ウェンリルはすぐに目を覚ましそうなアレグラを呼び戻すために、呼ぶだけではなく体を揺らしたりして、なんとか気づかせたのである。
「私は、体を揺らされている感覚しかなかったのですが、本当に呼びました?」
「あぁ、何度も何度も呼んださ」
兄のその言葉でようやくアレグラはアキラの心の中では外からの音が遮断されることに気がつく。そうなると、成す術がない、そう考えた。
「アレグラ、僕をアキラの中に送ることは、出来るか?」
「……出来なくもありませんが、私もお兄様も危険です」
アレグラは、今まで治療のために何度か人間の心の中に入ったことがある。故に、人の心というものが多少なりとも分かっている。だが、ウェンリルは何も知らない。
そしてアレグラは、ウェンリルをアキラの心の中に送るために魔力を使うことになるため、ウェンリルの僅かな変化に気づくことがいつもよりも出来なくなる。
故に、ウェンリルがアキラの心の中に入ることは、ウェンリルとアレグラの二人が危険に陥ることになるのだ。
「多少の危険ならば、僕は甘んじて受け入れる。アレグラ、僕をアキラの心の中に送り込め」
「………絶対に、戻ってきてくださいよ」
「分かっている。侯爵たる僕が、ここで戻らないわけには行かないだろう? 絶対に、アキラと一緒に戻ってくるさ」
にっこり微笑みながら告げるウェンリル。その笑顔に勇気をもらったのか、アレグラは落ち着き、魔力を発動させる準備にかかった。
「お兄様、落ち着いてください。アキラの波長と合わせる感じで……」
「波長を合わせる、か……」
そうして二人が黙り込んでどれだけのときが流れたのか。黙って魔力を溜め込んでいたアレグラの魔力が発動した。それと同時に、ウェンリルは気を失い倒れこんだ―――。
*****
「これが、アキラの心の中……」
見事なまでに真っ暗だな。アキラの心の中に入り込んだウェンリルは小さく呟く。
「しかし、ここまで暗いと自分の手すら視認できないんじゃ……って、んん!?」
どうして、この暗い中で自分の手が視認出来るんだ。素人のウェンリルは、すぐにこの異常に気がついた。そして、それに気づくと、自分自身の体全体が発光していることにも気づく。
「アキラ! いるのならば返事をしなさい!」
アキラ! アキラ!
ウェンリルは絶えず叫び続けるが、もちろんこの闇に引きこもっているアキラは返事をしない。
その闇の中で、ウェンリルは闇雲ではあるが、発光する自分の体を使って、必死でアキラを探し続けていた。
そうやって、どれだけ探し続けていただろうか。ついに、ついにウェンリルは目的のものを見つけた。
「アキラ、探したよ、帰ろう」
「誰」
「何を言っているんだ、帰ろう?」
「知らない。今すぐ消えろ」
「バカを言うな。アキラ、君は一緒に帰るんだよ」
「だから誰。知らない、分かんない、興味ない」
目に光を宿さない、何の感情も宿さないアキラ。そのアキラを感情のこもった温かい目で見つめ、声をかける。とにかくアキラが戻る気になるように、アキラと一緒に戻るために。
そのために必死で彼は説得に励んだ。アキラと戻るために、自分たちのことを思い出させるために。
「思い出して、僕たちは一緒に生きたろう? まだあまり経っていないけど、それでも僕らは兄妹だ、そうだな?」
「………知らない」
「僕らは兄妹だよ。今までも、これからも。―――だから、一緒に帰ろうね」
「無理だよ。私はもう戻れない。私は現実にいられない。私は現実に存在してはいけない」
「何故だ? 何が君をそんなに傷つける? お兄様に話してごらん?」
アキラが何を言おうと、優しく見つめ続けるウェンリルと自分を卑下し続けるアキラ。
「私がいるから、私は殴られ続けた。私が生まれたから、二人とも変になった。私がいたから――」
「君は何も悪くない! 二人と言うのが誰だか分からないが、それも君のせいではないはずだ」
「何を勝手なことを。全部、私が悪いんだよ」
アキラの考えは何も変わらない。自分さえいなければ、自分がいたから。たら、ればを言い出せば何も始まりも終わりもしないというのに、アキラはその言葉を紡ぎ続ける。
その瞳に光が戻ることもなく、虚ろな瞳のままでとにかく紡ぎ続けた。
「大丈夫だよ、君は悪くないのだから一緒に戻ろう」
「戻る……? どこへ?」
「僕たちの家に帰ろう。帰って、いっぱい笑おうね?」
「帰る、家なんてない。私に残された道は一つだけ」
―――死しか残されてないんだ。
冷たい言葉。自分の命を捨てたがっている小さな義妹。ウェンリルはそんな妹を抱き締めた。優しく、優しく抱きとめた。
「大丈夫だよ、帰ろうね」
そして、アキラを抱き締めたウェンリルは叫ぶ。上を向いて大きな声でもう一人の妹の名を呼んだ。
「アレグラ! もういい、僕を起こしてくれ! アキラと一緒に帰るからな!」
そして、現実世界のアレグラは、それが聞こえたのかどうかは謎だがウェンリルを起こし始めた。大きな声で呼び、体を揺らし、ウェンリルたちの帰る道を示す。
漆黒の闇の中に出来た一筋の道。ウェンリルはアキラを抱き上げ、その道をただただ歩み続けた。