忌み嫌いしはこの力
もう、いいと思った。
だから、自分で選んだ。
選んだ道の先には、何があるのか。
今よりもマシになるのなら、どうでもいいや。
少女は、そう考えながら、刃を心臓に突きたてた。
*****
「おい、召喚獣如きが召喚主に逆らっていいと思っているのか!?」
ふざけてる。
『現れろ、刀。その名は草薙剣』
少女が呟くと同時に、少女の手には、刀が握られていた。少女は迷うことなく、先ほど叫び声をあげた男の首にその刃先を当てる。
そして、冷たい目を向けながら、問う。
「何があったのか、説明してもらえるかな? 変なことしたら、殺すけど」
「ひっ!」
そう呟く少女の着ている服は、血で真っ赤に染まっていた。特に、胸の辺りは完全に真っ赤だった。
それは、現在少女に刃を向けられている男が少女を呼ぶ前からのこと。
そして、少女は、静かに男に告げる。
「説明を寄越せと言っているんだけど、分かっている? ん、ああ、息が出来てないのかな? じゃあ、酸素をあげようか」
『風よ、刃となりて、男の頬を切り裂け』
「ひいっ!」
少女が呟くと同時に、風が男に襲いかかり、男の頬を切り裂いた。
「あぁ、きちんと喋れるね。なら、説明してよ。―――何故、いきなり上から命令をしてきたのか、とかね」
少女は、考えていた。何故、自らの意思で死を選んだはずなのに、こんなよく分からない場所にいて、クソジジイに命令をされなくてはならないのか。
しかも、命令は「この場にいる全員を殺せ」。
――馬鹿馬鹿しい。そんなもの、自分には関係ない。
少女が正直にそう呟くと、男は激昂し、さらに命令を重ねてきた。そんな男に、少女が本気で怒ったことは、言うまでもない。
その結果が、今の状況だ。
「言ってること分かってる? 分かってるなら、早く説明しろよ、クソジジイが」
『針よ、数多く出現し男の頭上に現れろ』
少女は、刀を男に突きつけたままで、そう呟く。その瞬間、男の頭上にはありえないほど大量の針が現れ、今にも落下し、男を突き刺しそうに待機していた。
「早く言わないと、針、落とすよ?」
「ひいぃっ! 助けて! 助けてくれぇっ!」
少女の冷たい目を前に、男は必死で命乞いをする。だが、少女にそれを受け入れる義理はなかった。
「いいから説明。しないと、本気で落とす」
その冷たい目は、言っていることは紛れも無く真実だと、否が応でも回りの人間に伝える。
その冷たい目は、何も感情を伴わず、ただ、男を眺める。
その冷たい目に、逆らえるものは、この場にはいなかった。――ただ一人を除いて。
「待ってくれ」
そのただ一人とは、この国の国王。国王は、勇気を出して少女を止める。
そして、国王が声を掛けると同時に、少女はその冷たい瞳を王のほうへ向けた。
「何」
「その男には、謀反の疑いがかかっている。それは、この国を揺るがす大罪だ。説明は、我等が引き受ける。だから、殺すのは止めてもらえないだろうか。男は、この国の法で、裁かせて欲しい」
「………――――分かった」
しばらくは思案していた少女だったが、説明がもらえるのならばその男からではなくても構わないらしい。男の上に出していた数多くの針と、少女の持っていた刀を消し、王のほうへ、「これでいいの?」という目を向ける。
そして、男が兵に捕らえられた瞬間、少女には限界が訪れた。
ただでさえ、死のうと考え、刃を自身の心臓に突きたてていた少女。
召喚によってその出血量が若干マシになっていたがために、何とか意識を保っていた少女。
怒りによるアドレナリンの大量放出のおかげで、痛みを感じずにいれた少女。
だが、さすがに限界だったらしい。
少女は、――――静かに崩れ落ちた。
「んなっ! おい、医師を呼べ! 早く! この国の恩人を、絶対に死なせるでない!」
放っておいてくれ。今度こそ死なせてくれ。
死ねるのならば、説明なんて必要ない。
私は、自分の意思で死を選んだ。
だから。だから。
―――邪魔をするな。