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懐徳堂の人々 ―大坂の学問所―  作者: 宇山 了
第8章 「先生」
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(8-2)中井竹山死去


 文化元年(一八〇四)二月五日、中井竹山は息を引き取った。享年七十五歳。

 葬儀は、懐徳堂にて盛大に行われた。碩果が喪主、世話人は、竹山の女婿である並河尚誠、升屋主人の平右衛門、助教の早野橘隧(はやのきっすい)らがつとめ、鴻池家をはじめ同志や支援者の商人や、竹山の弟子たち、丸川松陰、角田久華、山片蟠桃らが式次第を取り仕切った。

 竹山の亡骸は、一族が眠る上本町の誓願寺に葬られた。葬列を送る人々は数町に連なり、棺に侍する槍は林のように続いた。

 履軒の命名で、竹山は文恵と諡され、丸川松陰が墓誌を揮毫した。竹山は、亡くなる前日、枕頭に来た松陰にみずから墓誌の染筆を依頼していた。

「その周到さ、じつに兄上らしい」

 その話を松陰から聞いた履軒は、静かに眠る竹山の遺骸の前で大いに笑い、碩果から顰蹙(ひんしゅく)を買った。

 全国各地の友人、知人から、竹山への弔辞が届けられた。広島の頼春水からの弔辞は、

「小生年来の御厚懇、実にもって力を落とし申し候。隔境の義、官禁もこれ有り、会葬することを得ず、年来の交誼において遺憾至極に存じ奉り候」

 と綴られていた。

 葬儀後、竹山が四年前に用意していた遺言状が開封された。

 碩果あてには、

「兄弟申し合わせ、当学建立の主意を失わぬよう、相慎んで教学に励み、懐徳堂を後世に伝えるように」

 とあった。蕉園没後、竹山は遺書の書き直しを行う余裕がなかったのか、「兄弟」と書かれたままであった。

「後任の学主は履軒へ譲るが、恐らく、履軒は懐徳堂に住むことを承知しないだろうから、四、九の日の日講だけを依頼し、その際、駕籠にて送迎するように」

 とも書かれてあった。

 履軒あてには、

「老年大儀ながら、学主の任を引き受けられたし。表向きの務めは一切これなし。懐徳堂へ帰住してほしいが、これまで通り別居でも構わない」

 とあった。

 同志門生あてには、

「後任学主については、かねてより考えあぐねていたが、候補たる人は物故者だったり、公侯の儒者であるため招聘困難な人など支障があって、適任者がいなかった。それゆえ、老齢の履軒に託することに決した。諸兄はよろしく履軒を師と仰がれたし」

 とあった。

 鴻池和三郎あてには、高祖父又四郎以来、五代にわたる懐徳堂への変わらぬ尽力を深く謝すとともに、爾今もお力添え賜りたいという旨が記されていた。

 かつて頼春水は、竹山を、「魁梧奇偉(かいごきい)にして健啖豪飲また匹敵なし」と評した。酒宴の折、竹山は、膳を盃にしてなみなみと酒を注ぎ、一気にそれを飲み干したこともあった。

「飲酒、つねに乱酔には及ばず、態度厳正にして平日と変わることなし。時に豪語し、気傲るの態あるも、好人たるを失わず。人の為に謀ること周備にして幹事の才あり」

 春水は、在りし日の竹山を述懐し、改めてそう評した。

 竹山の弟子で、備中新見藩関家一万八千石の藩儒、丸川松陰は、竹山の人となりを、「曠度(こうど)(えん)(しき)(度量が大きく見識が深い)、英邁絶倫」と評した。また、同じく竹山の弟子で、升屋の丁稚として山片蟠桃の下で働きながら懐徳堂へ通っていた角田九華は、竹山を、「豪邁卓犖(ごうまいたくらく)(抜きん出て優れている)、容状魁傑にして、人と相接すれば襟懐伉爽(きんかいこうそう)(胸中が健やかで爽やか)、談笑豁如(だんしょうかつじょ)(度量が広く小事にこだわらない)」と評した。九華はのちに、豊後岡藩中川家七万石の藩儒になった。

 竹山が死去した年に五歳だった山木眉山(やまきびざん)は、名を積善、通称善太と、竹山と同じ名と通称を称した。後年、伊勢亀山藩石川家六万石の藩儒となるが、竹山のことを、「海内第一の大儒」と激賞した。眉山は、竹山には(げん)()な側面があったことを知った上で、

「竹山は、豪気七分に俗気三分の人なり。されどこの三分の俗気こそ、若きより市井に生長して公辺外交に当たり、学校経営に任じたゆえんであり、ただ人のためのみならず、国家のために謀る政事の才をも有した竹山の存在は極めて稀有であった」

 と評している。

「長袖の儒者とは程遠く、魁偉な豪傑と呼んだ方が当たっていた」

 竹山を知る多くの人がそう振り返った。


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