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懐徳堂の人々 ―大坂の学問所―  作者: 宇山 了
第5章 儒者兄弟
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(5-15)儒学を学ぶ目的


 竹山の妻、順は、第十一子の三寿を失った後、第十二子の男児、阿作、第十三子の男児、阿末、さらに第十四子の女児、刀自(とじ)を出産した。

 だが、阿作は三歳で、阿末は二歳で夭死した。

 第九子の午吉は、八歳のとき急病を発し、手当ての甲斐もなくこの世を去った。

 午吉の死には、竹山は特に大きな衝撃を受けた。八歳まで成長し、これでもう大丈夫だろうと安堵した矢先の不幸であった。

 竹山は、これまで十四子のうちの実に十一子に先立たれ、嫌というほど亡き幼児を弔う親の苦悩を味わわされてきた。生存しているのは、第七子で、十一歳の淵蔵、第十子で、七歳の七郎、それに第十四子で、生まれたばかりの刀自の三人だけであった。

「この三子だけは、何としてでも無事成長してほしい。技芸など一切身につけずとも良い」

 一途に身の健康だけに留意して育ってほしい。それが竹山の切実な願いであった。

 そんな中、淵蔵は、みずから望んで懐徳堂の日講に出席し、余暇には経書を開いて自習するようになった。

 竹山ははらはらし、あまり根を詰め過ぎるなと淵蔵に注意した。

 そんな心配とは裏腹に、淵蔵が学問を修めて儒者となり、将来、懐徳堂を支える存在になってくれればと、竹山は淡い期待を抱かずにはいられなかった。そんな甘い想像をすれば、また足元をすくわれて不幸に見舞われることにもなりかねない。竹山は、そう自分を戒めて、空想に浸るのをみずからに禁じた。

 安永七年(一七七八)六月、竹山は寄宿生向けに、日常のあるべき生活態度につき八ヶ条からなる「定」を規定した。

 寄宿生向けには、二十年前にも「定」を、十四年前には「二限五勿(にげんごぶつ)」を定めたが、それを補足するように内容を細分化し、寄宿生たちがより良く学ぶための生活指針とした。

 具体的には、①行儀を守り、足を投げ出して座ったり、寝転がったりしないこと、②学問に関する談義以外の無益の雑談や、不相応の俗談をしないこと、③病気でもないのに昼寝、宵寝しないこと、④余暇には習字、算術、詩作、訳文等にいそしむこと、⑤休日には和訳の軍書や、近代の記録物を心がけて読むこと、⑥囲碁、将棋は社交や気晴らしにやることを禁止はしないが、平日の日中にはやらないこと、⑦行き届かないことがあったら、心を添えて切磋し合い、助け合うこと、⑧諍いが生じたら、近くの者がすぐに教員へ申し出て、指示を仰ぐこと、という内容である。

 懐徳堂の中庭から講堂へ通じる入口に、中門がある。竹山は、中門の左右の柱に、竹製の対聯(ついれん)を掲げた。その対聯には、「力学以修己」「立言以治人」と書いた。

 学に(つと)めて(もっ)て己を修め、言を立てて以て人を治む、と読ませた。

 努力して学び、おのれを修養すること。そうして得た学識をもとにして文章を紡ぎ出し、人々に道を説いて善導する。それは一見、地味にも見えるが、政事を執り行うことにも匹敵する功業なのだと強調する。

 竹山は、講堂南面の二つの柱にも対聯を掲げ、「経術心之準縄」「文章道之羽翼」と書いた。

 経術は心の準縄(じゅんじょう)、文章は道の羽翼、と読ませた。

 経術(儒学)を学び、人としての準縄(規範)を身につけること。また、文章をもって道を説き、世に飛翔させること。竹山は、学問修行の主意は、準縄を身につけることと、文章力を磨くことの二つにあり、この二つを極めなければ、良くて小成に甘んじざるを得ず、大成はおぼつかないと言う。

 これら二種類の対聯は、いずれも同じ主旨を述べていた。

「本邦では、文章力というものをあまり重要視していないように見受けられるが、それは大きな誤りである」

 竹山の鼻息は荒い。

「儒学を学ぶ究極の目的とは、道を学び、文章力を高めて自分の考えを文章に託し、それを人々に正しく伝えられるようになることである」

 竹山は、事あるごとに周囲にそう語り、その思いをこれらの対聯に込めていた。

「我が国において、範とすべきは誰の文章でしょうか?」

「回答に苦慮する質問だが、強いて挙げれば、物氏(ぶつし)(荻生徂徠)が第一と言える。物氏の文章は、最も和臭というものが少ない」

 後年、龍野藩儒、藤江梅軒(ばいけん)から質問されたとき、竹山はそう答えた。

 それを聞いて、梅軒は驚いた。竹山が日頃、舌鋒鋭く徂徠を批判していることを知っていたからである。

「勘違いされるな。あくまでも徂徠を評価するのは文章だけである。徂徠の経術については、何ら見るべきものがないばかりか、道をないがしろにし、害毒を流すものであって、忌避すべきである」

 是々非々で、分けて考えなければならない。竹山はそう補足した。

 履軒も、門人から優れた文章は何かと問われたことがある。

「まず学ぶべきは『論語』。これは天地間第一の文章と言える。次は『孟子』、その次が『荘子』。さらに付け加えるとすれば、『左伝』『史記』を学ぶが良い」

 履軒は門人にそう答えた。


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