(5-9)気鬱の履軒
淀川を遡って京都へ入った履軒は、高辻家の書楼「碧山楼」内の一室を割り当てられ、大坂から持ってきたたくさんの荷物をここで解いた。
歴代、学問をもって天子に仕えた家柄だけあって、碧山楼には和漢の書が膨大に蔵されていた。履軒は、楼内の書庫を眺めて気持ちが高揚した。中には、めったに入手できない稀覯本などもあって、長時間にわたって飽くことなく書庫内を徘徊した。
賓師として、履軒は、二十七歳の高辻家当主、胤長に経書を講じ、また随時、胤長から投げかけられる質問にも応じた。雲上人である胤長に謁することに初めのうちは緊張したが、胤長は気さくな人柄であり、意外に俗世間の事にも通じていたため、やがて友人のような親しみを感じるようになった。
京都観光もした。建礼門越しに禁裏御所をのぞいたり、二条城にも行った。本願寺、清水寺、鹿苑寺金閣、慈照寺銀閣、東寺、伏見稲荷大社などの著名な神社仏閣も経巡った。
猥雑な大坂と違って、京都には気品がある。部屋着姿のままで外を出歩くことに気が引ける雰囲気がある。当初、履軒にはそれが新鮮な刺激であるかのように感じられた。
ある日、厠へ行くためにやや薄暗い碧山楼内の廊下を歩いていたとき、反対側から高辻家の下女がやってきた。
お互いの顔が見える距離まで近づいたとき、下女は突然、
「ぎゃあー」
と悲鳴をあげて向こう側へ走り去った。
履軒は驚き、その場で尻もちをついた。
いったい何が起こったのか、履軒には分からなかった。
別のある日、履軒が書庫で書物を探していたとき、書庫内を掃除していた下女と鉢合わせになった。
「ぎゃあー」
下女は叫ぶと、手にしていた雑巾を放り投げて書庫から飛び出して行った。
履軒はようやく、何事が起ったのかを悟った。
人並み外れて目が大きいためか、これまでも人から、怖い、と言われることはあった。加えて、首に大きな瘤がある。この特徴的な風貌ゆえに、薄暗い碧山楼内では、履軒の影像が異形の妖魔にでも見えたのであろう。
まもなく、その下女は暇をもらって高辻家を去ったという。
失礼な話である。もとより、ほめられた容姿ではないことを自覚してはいるものの、下女から化け物扱いされ、しかもそれが理由なのか、下女は仕事を辞した。履軒は、この一件に腹を立てると同時に、小さな自尊心を少なからず傷つけられた。
このことがあって以来、履軒は人と顔を合わせるのをなるべく避け、碧山楼の自室にこもって読書に明け暮れることが多くなった。
時折、胤長が自邸に客を招くことがあり、履軒は、しばしば同席を求められた。客は高貴な身分の公家が多く、履軒は衣装をととのえてそういう席に臨んだ。
はじめのうちは、そのように晴れやかな場に出られることを光栄に感じたりもしたのだが、やがて、それを苦痛に感じるようになった。
微笑を絶やさず、当たり障りのない話柄に終始する公家の社交の場が、履軒の性向に叶うはずもなかった。履軒は、社交性という要素が人並みに満たないと自己分析していた。ましてや、相手は格式ばった家柄の人たちである。気品のある公家の立ち居振る舞いを目の当たりにすると、容姿に自信がない履軒は打ちのめされる思いであった。自分がみすぼらしい存在であると感じざるを得ず、そういう人たちとの交流は大きな心の負担になった。
高辻家当主の胤長は、履軒を下にも置かず、師に対する礼をもって接していた。履軒は、そんな胤長の厚遇に感激し、その意に応えたい気持ちはあったが、自分の性情とあまりにかけ離れた公家の世界に身を置いて安穏としていられなかった。
公家の社会が社交を主とするものであることは、京都へ赴任する前から分かっていた。それなのに、高辻家からの招聘を受けて舞い上がり、この話に飛び乗った。社交については何とかなるだろうとたかをくくり、これを機に世に出て、名を成そうなどと思い上がった。生来の厭世的、遁世的な気分は、一瞬でどこかへ吹き飛んでしまった。
履軒は、自分の軽薄さに失望し、かつ恥じた。さまざまな言辞を弄して、自分は隠者でありたいような風を装っておきながら、その実、本心では地位や名声を求めている。だが、現実の自分は世間に身を置いて卒なく遊泳する術には長けておらず、今、自分の本心と自分の性情との不一致に直面し、苦しみあえいでいる。履軒は、自分が崩壊してしまうのではないかと思うほどに疲労感がつのり、すっかりふさぎ込んでしまった。
「住むべき世界の選択を誤った」
京都へ居を定めたのち、妻のみわを呼び寄せて、京都への永住も視野に入れるなどとうそぶいていたことが、遠い過去の出来事だったように感じていた。
結局、京都へ来て一年後の明和四年(一七六七)十一月、履軒は高辻家を辞し、大坂の懐徳堂へ帰った。
「ご苦労であった」
竹山にそう声をかけられた履軒は、
「私が愚かでした」
と言って、泣きじゃくった。
「いや、わしが、そなたに京都行きを勧めたのがそもそもの間違いであった。さぞかしつらい思いをしたことであろう」
「やはり私は閉戸生であり、門戸を開いたのは軽率な行動でした」
履軒は床に伏したまま、しばらくの間、竹山の前で肩を震わせていた。




