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懐徳堂の人々 ―大坂の学問所―  作者: 宇山 了
第5章 儒者兄弟
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(5-7)履軒の出仕


 明和三年(一七六六)の初秋、京都の公家、高辻(たかつじ)家の用人が懐徳堂へやってきて、竹山に面会を求めた。

 高辻家は、遠く菅原道真の系統を引き、代々、文章博士(もんじょうはかせ)として漢学を講じる家柄であり、ときとして天皇の侍読を務めることもあった。

御舎弟(ごしゃてい)の履軒殿を、当家の賓師(ひんし)としてお迎えしたい」

 用人はそう口上を述べた。

 竹山は、大変光栄な話ではあるが、諾否については後日回答すると用人へ伝えた。

 用人が辞した後、竹山はすぐに履軒を呼び、招聘話を伝えた。

「これは、意外なお話」

 竹山から話を聞いた履軒は、大きな目をさらに大きく見開いた。

 履軒の妻、みわの父が、以前高辻家に仕えていたことがあり、その縁で履軒の存在が高辻家の知るところとなり、今回の話につながったものと思われた。

 高貴な家からの招聘話であり、履軒の胸は高鳴った。しかも、こういう形で自分の学識が評価されたことに、素直な喜びが湧いた。

「臣下としてではなく、このたび高辻家の新当主となられた(たね)(なが)様の教師役として迎えたいとのこと。近頃ない慶事と呼ぶべきである。して、おぬしの意向はどうか?」

 履軒は、この話に乗り気になったが、いくつか懸念事項があった。

 一つめは、生まれてこのかた、ずっと住んできた懐徳堂を離れることが不安だった。

 二つめは、懐徳堂講師として日講を受け持っているが、それを辞することになるため、懐徳堂の運営に支障を来たすのではないかが心配だった。

 三つめは、妻のみわを随伴させるべきかどうか、判断がつかなかった。

 履軒は、竹山に懸念事項を伝えた。

「一つめの懸念については、わしも懐徳堂から離れて住んだことがないため、自信をもって言える立場ではない。だが、父は、実家を離れて養子に出た経験をしている。蘭洲先生も、幼少時に親戚宅へ預けられ、長じてからは江戸へ出た。さらには津軽藩へ出仕し、陸奥弘前でも暮らしている。我らの妻も、川島村西岡から嫁いできているわけだし、老若男女問わず、地元を離れて暮らす人はざらにいる。思うに、他郷で暮らす経験というものは、人としての成長を促すものではないだろうか?」

「そうかもしれません」

 履軒は、竹山に同意した。不安を払拭して地元を飛び出すことの意義は大きいと思った。

「二つめの日講のことは、徳二の受け持ち分をわしが引き継ぐから、心配には及ばない。かつて、蘭洲先生が江戸へ発つとき、蘭洲先生が受け持っていた日講をすべて父が引き継いだのと同じである」

「申し訳ありません」

「三つめの細君の同道についてだが、まずはおぬしが単身で赴いたらどうか? 勝手が分からぬ都暮らしであるため、向こうで環境が整い、落ち着いてから、みわ殿を呼び寄せたらよかろう。幸い、みわ殿は順とも仲が良い。懐徳堂に居れば安心であろう」

「確かにその通りだと思います」

 履軒は竹山の意見に同意し、みわを連れずに一人で京都へ赴くことに決めた。

 もう一つ、履軒は、公家である高辻家に入って、高貴な人たちとの交わりに堪えられるだろうかという不安もあったが、何とかなるだろうとたかをくくり、このことは竹山に相談しなかった。

 懐徳堂からの巣立ちのときであった。三十五歳の履軒は、初めての冒険に際し、不安と期待とがないまぜになった複雑な気分を味わっていた。

「世事、長嘆すべし。別れに臨んで心緒(しんしょ)乱る。みずから笑う閉戸生(へいこせい)、多事、ここより始む」

 履軒は、そう詩に詠んだ。閉戸生とは、門戸を閉じて家に籠り、学問と読書に没頭する人を指す。履軒は日頃から、自身を閉戸生と称していたが、今般、門戸を開くことにした。

 次第によっては、京都に骨を埋めることになるやもしれない。履軒は相応の覚悟を胸に抱き、大量の書籍や荷物を一緒に持っていくことにした。

 書籍は、現在自身が手掛けている経書の注釈本のほか、懐徳堂蔵書の中から有職故実(ゆうそくこじつ)や歌文についての書物、蘭洲の遺稿類、その他法帖(ほうじょう)類など、百冊を超える数にのぼった。

 道具類では、(つくえ)、卓子、香炉、盆、印函、花瓶、酒注、水鉢、掛燈、油注、鉄鍋、傘、腰刀、包丁など、身の回りの愛用品などももれなく長櫃(ながびつ)に入れた。

 金子(きんす)は、方金六錠、砕銀八顆(さいぎんはっか)、銭一(さし)を携えた。

 一夕、送別の宴が開かれた。竹山はいつものように大酒を食らったが、履軒もめずらしく、日頃の節度を超えて大いに飲み、泥酔した。

 十一月、履軒は、母の早と竹山、妻のみわに別れを告げた。

「しばらくは離れて暮らすことになるが、落ち着いたら、そなたを京へ呼び寄せる。京から大坂へは、淀川の船便で下れば半日もかからない。何かあればすぐに戻るゆえ、竹兄夫妻と母ともども、安心してここで暮らしなさい」

 長男を亡くしたばかりの履軒夫妻は、しばしの別れに涙を禁じ得なかった。

 履軒は、淀屋橋から三十石船に乗り込み、淀川を遡って京都伏見へ向かった。川面の冷たい風に吹かれながら、沿岸の人夫たちが船の綱を曳く姿を見るともなしに見ていた。


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