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懐徳堂の人々 ―大坂の学問所―  作者: 宇山 了
第2章 懐徳堂創設
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(2-3)船場の復興


 妙知焼けによって焦土と化した大坂の市街は、あちこちで普請作業が行われていた。まだ火事の爪痕は残っていたものの、再建された建物も多く、意外と復興は進んでいた。

 石庵の高麗橋三丁目の自宅跡地は、瓦礫が取り除かれ、空き地になっていた。

「何にも残っていませんね」

 春楼がそう言った。石庵は、その空き地の前でしばらく立ち尽くした。胸が痛んだが、愛読した書籍や、著書の断片すらも残っていないことを自分の目で確認したことで、ようやく気持ちに区切りがついたようにも感じた。

 石庵は、春楼とともに二町ほど先にある尼崎町一丁目の道明寺屋隠宅跡地へと向かった。隠宅は火事で焼失したが、今は塾舎が建っているはずであった。

 現地に到着し、目にした塾舎は二階建てであった。想像していたよりも大きく、路面から見ると横幅がかなりあるように感じられた。

「石庵先生、お待ちしておりました」

 建屋の門から、甃庵が出てきた。

「なかなか敷地も広く、建屋も大きいのう」

「はい、間口六間半、奥行き二十間、約一三〇坪ほどの敷地に塾舎が建っています」

 敷地の外周は竹垣で囲われ、東西を走る今橋筋に面した二箇所に門が設けられていた。

「門は二つあります。一つは、門下生が出入りし、直接講堂へ行くことができる外門、もう一つは、講師や居住者が出入りする通用門です」

 甃庵に案内されて、石庵と春楼は通用門から塾舎の中へ入った。

 入ってすぐが庶務室になっていて、講師の詰め所や書庫もある。室外には炊事場や洗濯場、浴場などの水回りや、便所も備えられていた。

 庶務室の北側に渡り廊下があった。進むと、その左右は空き地になっていて、行き着いた先に茅葺きの講堂があった。

「畳の間二間続きですが、仕切りの襖を外してぶち抜きにすれば、百人ぐらいは座れます」

 甃庵がそう説明した。

 新しい畳のにおいが鼻腔を刺激した。これだけの広さがあれば十分だと石庵は思った。

「先生とご子息がお住まいになる住居は二階です」

 甃庵はそう言うと、今来た渡り廊下を戻って、庶務室の横にある階段を上った。

 石庵と春楼は、甃庵に続いて二階へ上がった。

「この二階全部が、石庵先生とご子息のお住まいです」

 六畳の間が四部屋と、四畳半の間が二部屋、合計六部屋あった。

「かなり広いのう。私と才次郎(春楼)の二人が住むには広過ぎるぐらいだ」

「どうぞ、広々とお使い下さい」

 塾舎の中の住居と聞いて、せいぜい二部屋か三部屋だと思っていただけに、石庵は驚きを隠せなかった。

「これほど立派な建屋だとは思わなかった。想像以上だ」

「船場商人の底力ですね」

「まったくその通りだ」

「では、平野郷からこちらへ引き移られて、この塾の学主をお引き受け下さる、ということでよろしいでしょうか?」

「待たれい。建屋は申し分ないが、まだ塾の詳細な運営方法について、きちんとすり合わせておらぬではないか? 例えば、講義はどういう内容で、どのぐらいの頻度で行うかとか、門下生の束脩はいくらにするかとか、決めなければならないことはたくさんあるはずだ。五同志の衆も交えて、そのあたりのことを協議する必要があるのではないか? それを決めないことには、軽々に諾とは返答できない」

「また先走ってしまいました。ご指摘ごもっともです。今夜、酉の刻(午後六時頃)から、塾の具体的な運営方法を決める会合が道明寺屋さん宅で行われます。五同志と私が参加します。夕餉を囲みながらの会合ですので、石庵先生もぜひご同席下さい」

「分かった」

 この日、石庵と春楼は、道明寺屋宅へ泊まることになっていた。道明寺屋の店舗兼屋敷は、塾舎が面している今橋筋を隔てたほぼ反対側にある。

 石庵は、平野郷から約二里の行程を歩いてきた疲れがじんわりと出てきたように感じていた。以前であれば、二里程度の道中など露ほどの負担でもなかったことを考え合わせると、これが寄る年波というものかと、おのれの老いというものを否応なしに認識せずにはいられなかった。


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