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懐徳堂の人々 ―大坂の学問所―  作者: 宇山 了
第2章 懐徳堂創設
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(2-1)お願いとは?


「……して、お願いとは、どのような?」

 石庵は、甃庵、三星屋、道明寺屋の顔を見渡しながら訊いた。

「私の隠宅は、火事で焼けてしまいました。不惑を過ぎたばかりの私が、隠宅など建てて守りに入ろうとしたことがそもそもの罰当たりだったと、今にして反省しております」

 道明寺屋がそう言った。

 道明寺屋の隠宅は、尼崎町一丁目にあった。石庵が住んでいた高麗橋三丁目からは二町ほどしか離れていない。

「その敷地はけっこう広くて、なかなか使い出があります。そこでこの際、何か有効かつ人々の役に立つことに使いたいと思い、どうしたものかと商人仲間に相談しました」

「ほう」

 石庵は、道明寺屋の話に興味を持った。

「みんなで相談した結果、その敷地に塾舎を建てました」

「塾舎を? もう、建てたのですか?」

「はい、もう出来上がっております。建築にかかった費用は、三星屋さん、舟橋屋さん、備前屋さん、それに鴻池さんも出資されております。みんな石庵先生の門下生です」

 五人とも、船場でも大店で通る商人ばかりである。

「この火事で焼け出された人たちはみんな、生きるだけで必死の状況ですが、もらい火を蒙ったからとて、しょげてなどいられるかと、我ら仲間内で話し合いました。我ら五人とも、石庵先生に教えを受けた間柄。それなら漢学塾をつくって、我らがそこで学ぶ一方、近隣の皆さんにも聴講してもらったらどうかという意見が出ました」

 三星屋はそう言い、さらに続けた。

「被害に遭った人たちにとっては、直面している日々の生活こそが喫緊の関心事であるのは当然のことではあります。でも、こんなときだからこそ、心を落ち着けて(いにしえ)の聖賢の言葉に耳を傾け、焼け細った心胆に滋養を与えること、もってつらい世の中を生き抜く気概を鼓舞することは大いに意義がある、ということで五人の意見が一致しました」

 何とも殊勝な心意気よと、石庵は思った。妙知焼けで大坂の住人は大打撃を受け、三星屋が言うように、みんな生きるのに必死である。石庵も、春楼ともども、こうして含翠堂の世話になってようやく糊口を凌いでいる現状である。

「我らの考えを、甃庵殿(しゅうあんどの)にも話しました。石庵先生の一番弟子とも言える甃庵殿も、我らの考えに賛同しました」

 三星屋がそう言うと、甃庵は目礼した。

「私は、みなさんの計画に感じ入りました。ですが、商人のみなさんとは違い、私は先立つものを持ち合わせておりません。そこで、出資は無理でも、漢学塾立ち上げに必要な事務一切を引き受けて、この取り組みのお手伝いがしたいと名乗りを上げました」

 甃庵は、石庵の目を見て、続けた。

「石庵先生には、この漢学塾の学主になっていただきたいと思い、こうして三人でお願いに参上した次第です」

「私を学主に?」

「はい、みなさんと話し合った結果、石庵先生以外の御仁は考えられない、と全員の意見が一致しました」

 石庵は腕組みをしたまま、目を閉じた。

 とてもありがたい話ではある。それに、門下生である彼らが、大きな災禍の後であるにも拘らず、慈善にも似た企てをしていることに、師として喜びを感じた。

 十一年前にも、三星屋、道明寺屋、讃岐の木村寸木らが資金提供した安土町二丁目の家に住み、そこで塾を開いたことがあったのを思い出した。その後、資金提供者の中に悪徳の銭貸しが含まれていることが分かり、そういう人間の世話になるものかと腹を立て、石庵は安土町二丁目から高麗橋三丁目の借家へ引き移った。

 今回、塾の出資者である五人は、みなまっとうな商売をしていて、しかも向学心が高い者たちばかりである。よもや、悪徳商人はいないだろう。

 その点は心配ないものの、自分の年齢を考えたとき、新たな漢学塾の学主として、それを一から立ち上げて、卒なく働き通すことには気力面、体力面ともに不安があった。

 それに、石庵は平野郷の静けさが気に入っていた。今後、この地へ根を下ろし、含翠堂の一講師として講義を受け持ちつつ、丸薬製造で家計を補って暮らそうと考えていた矢先でもある。せっかくの話ではあるが、これからの方向性がようやく固まりつつあったこととも相まって、前向きに考えるべき事案なのかどうか、石庵には判断がつかなかった。

「ちなみに、新しい塾の運営方式は、含翠堂と同じようにやろうと考えております」

 道明寺屋の説明によると、含翠堂は、創設者の土橋友直、井上赤水らの同志が、毎年掛け銀を出資して、講師への謝礼を含めた堂の運営費を賄っている。その余剰金は、基金として貸付運用を行い、得られた利息を運営費に補填することで、年々、同志の出資額を減らしていく。最終的には、基金の運用利息だけで堂の一切の費用を賄い、同志による掛け銀の出資を完全になくしても運営できるようにする目論見だという。道明寺屋も、含翠堂の出資者の一人に名を連ねている。

 新設の漢学塾では、五人の商人が毎年出資金を拠出する。含翠堂と同様に、その出資金を講師への謝礼と運営費に充て、余剰金は基金として貸付運用を行う。得られた利息は運営費に補填し、いずれは運用利息だけで塾の運営費全般を賄うようにする。別途、門下生からは束脩を徴収するが、その額は高く設定しない想定だという。

「ですから、学主と言っても、石庵先生が塾の運営や資金繰りに頭を悩ます必要はありません。そういったことは、我ら五人の同志と甃庵殿がその責を負い、石庵先生には、塾の顔として、講義の受け持ちと、他の講師の統括だけをしていただけたら十分です」

 三星屋がそう説明した。

「石庵先生とご子息がお住まいになる住居は、塾舎の中につくってあります。ですから、お二方の住居、ならびに暮らし向きの費えにつきましては、はばかりながら、我々がお世話させていただきます」

 石庵は話を聞き、経営面で学主が負うべき負担がかなり少ないのであれば、やれるかもしれないと思った。ただ、住居と生活費まで面倒を見てもらうことについては、あまりにもおんぶにだっこが過ぎるのではないか、とも感じた。

「それに、石庵先生の家業である丸薬製造についてですが、塾舎内の住居でお続けなさることは、われわれ五同志も、甃庵殿も異存はございません」

 至れり尽くせりではないか。これほどまでの好条件を提示されてしまうと、断る方が難しい。学主を引き受けたとしても、ほかに懸念される事項はほとんどないかもしれない。

「先生、ご承引いただける、ということでよろしいでしょうか?」

 甃庵が返答を求めた。

「しばし待たれい」

 甃庵にはねちっこい面があり、良くも悪くも、自分がこうと決めたことを滞りなくやり遂げようとする粘り強さがある。

「私を学主にと推されるみなさんのご厚意は大変ありがたいのですが、この場では即答できかねます。私はあの火事で息子ともども平野郷へ逃げてきて、含翠堂のお世話になっております。このまま含翠堂の一講師として生涯を終えようと考えていたところでもあり、すぐには考えがまとまりません。心の準備が必要です」

「つまり、お心の準備が整えば、学主をお引き受けいただけるということで?」

「甃庵殿」

 三星屋が遮った。

「今日はもともと、石庵先生へお話を持ちかけるだけの予定でしたな? 先生からの諾否を求めるのはまた後日だったはず。先生が言われるように、いろいろとお考えになったり、ご準備が必要な話ですので、今日はこれにて終わりにしましょう」

「おっと、そうでしたな。私が先走り過ぎました」

 甃庵はそう言い、石庵に詫びた。

「石庵先生、一度ぜひ、塾舎をご覧になって下さい。先生がこの話をお受けなさるかどうか、そのご判断の一助にもなると思いますので」

 道明寺屋はそう提案した。

「ぜひそうさせて下さい。あの火事以来、私は船場へは足を踏み入れておりませんので、この機会に、もと住んでいた家がどうなったのかも確認してみたいと思います」

 石庵が明後日の塾舎見学を約すと、三人は赤水の屋敷を出て、帰って行った。


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