8
放課後になり、約束していた通り俺と西宮はラノベを買いに目的地へと来ていた。といっても、店の中にいる訳じゃない。今は外。目的の本屋が入っているビルの前に立っている。
「じゃ、案内するから中に入ったら俺から離れないようにな」
「は、はい……ついていきます」
さっきまで、ビルの窓に貼っている色々な看板に興味津々だった西宮がスカートの裾を握りながらもじもじしている。トイレでも我慢してるのかもしれない。
「入る前にざっと説明な。今から向かうのはこのビルの四階。エスカレーターでそこまで向かう。飲食出来るスペースは四階にないから飲むなら今がいいかな。トイレも別の場所のを使う方がいいと思う」
「ルールがあるんだね」
「ルールっていうより、何となくで、みたいな? 俺は準備万端だけど、西宮は大丈夫そう?」
「うん。ボクは東野くんについていくから」
トイレを我慢してるのかと思ったけど、違うのかもしれない。女の子にトイレの心配をしまくるのもどうかと思うし、さっさと買って帰ればいいや。
「オッケ。じゃあ、入ろうか」
ということでビルの中に入る。すぐ近くにあるエスカレーターに乗って四階へ。
「入り口からたくさんの本が置いてあるんだね」
「新しく出た本はだいたいここに並んでるんだ。ほら、あった」
「ほんとだ」
俺と西宮のお兄さんが目的としていたラノベを手に取る。
「詳しいね、東野くん」
「伊達に利用してないからな。ほい、西宮のお兄さんの分」
「ありがとう」
西宮のお兄さんの分を西宮に渡して、自分の分を手に取った。さてと。これで、目的も達成したし後は安全なルートを通ってレジに行くだけだ。
「確保もしたしレジに行くか」
「え、もう!?」
「ま、まずかったか。あ、お兄さんから他にも何か頼まれたりしてる?」
「う、ううん。頼まれてるのはこの一冊だけなんだけど……えっと」
困っていることでもあるのか西宮は焦りながら何か考えている。
「そ、そうだ。東野くんは?」
「俺?」
「そう。東野くんは他の本はいいのかなって」
「いや、俺は後二冊欲しいのがあるんだけど昔に出たやつだからここにはないんだよ。けど、また買いに来るから今日はレジに行こう」
「本当にいいの? ボクに気を遣って遠慮してるならそっちの方がボクは嫌だよ?」
不安そうに瞳を揺らしながら西宮が口にする。西宮の言う通りだ。自分のおつかいに付き合わせた相手に自分の買い物をさせないっていうのは引き目を感じることだろう。西宮のために早く帰ろうとしたとはいえ、反省だ。
「じゃあ、ちょっとだけ寄り道してもいいか?」
「もちろん!」
嬉しそうに表情を緩めながら頷いた西宮。西宮は西宮で俺のことを考えて焦っていたらしい。優しい子だ。そんな西宮をつれて本が置いてあるいくつもの通路を抜けながら出版社事に分けられている本棚を目指す。
「なんか、男の人が多いね」
歩いていて気になったのだろう。西宮が言うように店内にいる客は男性がほとんど。女性客はほんの数人しかいない。
「売ってる種類的にどうしても男性客の方が多くなるんだ」
「そうなんだ。男女関係なく読んでいそうな作品だってあるのに不思議だね。あ、だから、東野くんはお兄ちゃんがボクによく頼んだって言ってたんだ」
「うーん、そういう訳じゃないんだけどな。あ、あったあった」
探していた漫画が置いてある棚を見つけて取り出していると。
「うおっ、デッッッッッカ……」
そんな、驚いたような声が聞こえてきた。そんなに大きい本なんて置いてあったか、と気になった俺は声がした方を向く。
そこにいたのは二人組の男子高校生。本じゃなくて俺達の方を――というよりも、西宮のことを見ている。ちょうど、同じ列に来たら背が大きい西宮がいて驚いたってところだろうか。思っても声に出すとは失礼な奴らだ。
学校からここまで移動する時に乗った電車の中でもそうだった。西宮は背が大きから目立つのは仕方がない。けども、だからって、じろじろ見たり、異質なものでも見たみたいに驚いたりするのは気分が悪い。
「さっさとレジ行こう」
「あ、う、うん」
関わりのない相手なんて無視するのが一番だ。西宮を連れてあえて男子高校生達とは反対の方から向かう。
「一緒にいるの彼氏かな?」
「チゲーだろ。チビだし」
後ろから話し声が聞こえてきた。会話の流れからして俺と西宮のことだろう。俺のことをチビというのは別にいい。そんなに大きくもないし。けど、お前らだって俺とそんなに変わりないだろ。小声でも店は静かだからちゃんと聞こえてんだぞ。
「あ、ぼ、ボク、あっちの棚も見てみたくなったかも。東野くんは先にお会計してて」
「え、西宮!?」
急に西宮が進行方向を変えて、歩き出した。慌てて後を追う俺。それ以上は待ってくれ。そこから先は――と、手を伸ばすもギリギリ届かず。西宮は向かった先に置かれてあるずらりと並んだ本の表紙を見て足を止めた。
くるりと踵を返して俺の方へと西宮が足早に戻ってくる。俯いていても頬が赤くなっていることはよく分かった。その理由までも。西宮が見たのは十八禁の作品の表紙だ。女の子の大事な部分が隠されず描かれていて思わず恥ずかしくなってしまったのだろう。
「えっと……レジ、向かう?」
聞いてみると西宮は小さく頷いた。それから店を出るまで西宮はずっと大人しかった。会計の間も終始無言で聞かれたことには首を振って答えるだけ。よっぽど衝撃だったんだろう。
「その、大丈夫か?」
ビルの外に出て、周りの邪魔にならない場所へと移動してから聞く。
「う、うん。ちょっと、びっくりしちゃっただけだから」
外に出てしばらく歩いたから落ち着いたのか西宮の頬は元の白色に戻っていた。ただ、気まずさはあるのかずっと小刻みに体を揺らしてソワソワしている。
「そりゃ、女の子がいきなり見たら驚くのも無理ないよな。ごめんな、見せないように出来なくて」
「東野くんは悪くないよ。ボクが勝手に動いたのが原因だし」
「正確には西宮のせいじゃないだろ。嫌だったんだよな。俺の彼女みたいな誤解されて」
西宮が勝手に動く直前のことを思い返せば原因はそれしかない。小声でも俺には聞こえていたし、西宮にも聞こえていたんだろう。だから、俺の近くにいたくなくて、どこかへ行こうとした。そして、ああなった。
「ち、違うよ。ボクが東野くんの側にいたら東野くんがチビだって言われるから。嫌なんじゃないかって。離れなきゃって」
「なんだ。そんなことだったんだ。気にしないでいいのに」
「気にするよ。ボクが大きいせいで東野くんが言われてるんだし」
俺よりもずっと大きい西宮が背中を丸めて今は普段よりも小さくなっている。気にしてるようだ。分かりやすい。
「いいよ、言わせたいやつには言わせておけば――なんてのは、難しいよな。今までにも、色々言われてるだろうし、色々あっただろうし」
俺はわりと冷めた性格で人からどんな風に言われようとも気にしない。けど、西宮はたぶん違う。西宮はよく男扱いされるから、自分でもたびたび男っぽいと言う。それは、周りが言うことを意識しているからだ。特に、男扱いされる要素として大きい身長のことは一番言われていることだろう。そのせいで、これまでにも色々とあったのかもしれない。
「だから、まあ、西宮は気にすることかもしれないけど、俺は気にしないってことだけ覚えといて。西宮の側にいてチビとか言われても嫌だとか感じないし」
「……うん、分かった。東野くんは優しいね」
まだぎこちないとはいえ、西宮は笑った。あんまり元気がない。無理しているみたいだ。それも、俺があんな風に言ったから、空気を読んで笑っているんだろう。俺が悪い気をしないように自分を押し殺して。健気で優しくて相手を思いやれるいい子だ。
そんな子が無理して笑ってる姿を見るのはどうにも心が痛くて。俺は西宮の頭に手を置いた。そのまま、髪を撫で下ろす。
「えっと、ひ、東野くん……?」
突然、頭を撫でられたからだろう。西宮が目を丸くして、戸惑いの声を上げた。急いで俺は手を引っ込める。
「この前の西宮を思い出して元気出してほしかったんだけど、調子に乗った。いきなり、髪触ったりしてごめん」
「そ、そんなことないよ。いきなりで驚いたけど、元気出たっていうか……あ、ははは」
背筋を伸ばして西宮は取り繕ったように笑顔をみせる。作り笑いも作り笑い。それでも、さっきみたいな元気のなさというより、何だか焦っているみたいな。頬は赤くなっていて、目は泳いでいる。
「か、帰ろっか」
「え、う、うん」
まるで、逃げるように顔を逸らした西宮が足早に歩き出す。追い掛けて横に並んだ俺は西宮の顔を覗き込んだ。
すると、西宮はそっぽを向いてしまった。チクッと胸が痛んだ。何でだろう。考えるために足を止める。でも、理由が思い当たらない。とりあえず、西宮から少し離れて後ろを歩く。
そうしていると西宮が振り返ってきた。
「どうしたの?」
「いや、よく考えたら俺が西宮の側にいると西宮の身長が目立ってまた何か言われるんじゃないかと思ってな。後ろを歩いた方がいいんじゃないかって」
どうしても西宮よりも背が低い俺が西宮の側にいれば比較として西宮の身長が目立ってしまう。西宮の逆パターンになるけど、こうした方がいいんじゃないか。と思っていれば、西宮が詰め寄ってきた。
「そんなの嫌だから隣を歩いて」
「背のこと言われて元気なくしたりしない?」
「まったく気にしないのは難しいよ。でも、それ以上に東野くんと並んで歩けない方が嫌だから」
「分かった。じゃ、並ぶよ」
返事をして西宮の隣に並ぶ。やっぱり、俺と西宮では身長が違い過ぎて差がよく出る。それでも、俺は気にしないし、西宮にああ言ってもらえた限りは隣を歩き続けよう。
「ぼ、ボクはどっちも嫌じゃないから」
「ん、どっちも? どっちもってどういうこと?」
「あ……な、何でもない。気にしないで。そ、それより、東野くんがボクを本屋で一人にしないようにしてくれた理由が分かったよ」
「どっちか不安だったんだ。ほら、女の子でも下ネタとか全然平気な子もいるからさ。この前、西宮にラノベの話しした時は聞けてるようだったけど、内心は嫌なんじゃなかったかって」
「ボクは相手によるかな。よくクラスの男子が話してる内容はちょっと苦手だけど、東野くんとは嫌な気にならなかったから。というか、ボクから詳しく聞いたし。さっきのは、ほんと、いきなりだったからで驚いて」
「分かる。俺も初めて行った時は驚いたよ。え、こんな堂々と置いてるんだって」
「そっか。東野くんと同じなんだ。えへへ。ちょっと、嬉しいな」
俺と同じで何が嬉しいのか西宮は唇を緩めて本当に嬉しそうにしている。さっきまでの、どこか違和感を感じる笑顔ではない、心から笑ってる姿に俺はまた胸が痛んだ。理由ははっきりしている。今まで以上に西宮を目の前にして緊張してきたんだ。今この瞬間まで平然としていられたのにおかしな体だ。
すっかり元気になった西宮を相手に俺の胸は西宮が電車を降りて別れるまでの間、痛みっぱなしだった。
「西宮と話す機会が多くて慣れてきたと思ってたのにな」
いくら何でも女の子相手に緊張し過ぎなのかもしれない。そう感じるほど、初めての異変みたいなことだった。鍛えなければ。
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