表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半身のペンネーム  作者: マーたん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/41

第六話「持ち込み」

持ち込みという行為は、創作の世界における最初の関門であり、最も原始的な審判の場でもあります。


完成したばかりの原稿は、描き手にとっては分身のような存在です。

だが編集部にとってそれは、数多く持ち込まれる作品のひとつに過ぎない。


この第六話から、新たな視点の人物が登場します。


編集部の担当編集、赤城 あかぎ・あきら


作品を読む側の人間。

評価を下す側の人間。

そして時に、創作者の運命そのものを左右する存在。


創作と商業、その境界に立つ者の視線を通して、物語は新たな緊張を帯び始めます。


どうぞ、あの独特の沈黙と息苦しさを感じながらお読みください。

原稿が完成した瞬間、部屋の空気が変わった。


最後のページ。

最後のコマ。

最後のベタ。


沈黙の中で、ペンだけが静かに置かれる。


「……できた」


誰に向けたわけでもない声が、狭い部屋に落ちた。


机の上には整然と揃えられた原稿の束。

白と黒だけで構成された、まだどこにも属していない物語。


その紙の塊は、異様な存在感を放っていた。


達成感よりも先に訪れたのは、現実感の欠如だった。


本当に描き上げたのか。


本当に形になったのか。


ページをめくる。


見慣れたはずの絵。

知り尽くしたはずの展開。


それなのに、どこか他人の作品のように感じられる。


「……こんなもんか」


呟きは乾いていた。


期待していた震えがない。

完成の高揚がない。


代わりに胸の奥にあるのは、奇妙な静けさだった。


数日後。


編集部へ向かう電車の中で、原稿ケースの重さだけが異様に意識されていた。


膝の上に置いた黒いケース。


その中に収まっているのは紙の束でしかない。

だが感覚としては、もっと別のものに近い。


経歴。

評価。

未来。


あるいは――


言い訳の効かない何か。


窓の外の景色が流れていく。


見慣れた街並みが、やけに遠く感じられた。


編集部のビルは、想像よりも普通だった。


巨大でもなければ、特別な威圧感もない。

ただのオフィスビル。


それでも入口の自動ドアの前に立った瞬間、足が止まる。


喉が乾く。


呼吸が浅くなる。


「……持ち込み」


小さく言葉にする。


その響きだけで胃の奥がざわついた。


何度も夢想してきた場面。


だが実際の現実は、驚くほど淡々としている。


受付。


待合スペース。


無機質なソファ。


壁に並ぶ過去のヒット作ポスター。


そこに流れる空気は冷静で、感情の居場所がない。


「本日はどのようなご用件で?」


事務的な声。


「持ち込みです」


自分の声が、妙に他人のもののように聞こえた。


案内された小さな会議室。


テーブル。


向かい合う椅子。


そして訪れる、短い待機時間。


この時間が最もきつかった。


評価はまだ下されていない。

だが逃げ場はすでにない。


ドアが開く。


入ってきたのは、年齢の読めない編集者だった。


穏やかな表情。

無駄のない視線。


「お待たせしました」


軽い挨拶。


原稿ケースに向けられる視線。


「拝見しますね」


その一言で、すべてが始まる。


ページがめくられる音だけが室内に響く。


紙の擦れる微かな音。


沈黙。


とにかく沈黙。


編集者の表情は変わらない。


頷きもなければ、驚きもない。


ただ淡々と読み進めていく。


時間の感覚が歪む。


数分なのか。

数十分なのか。


判別できない。


心臓の鼓動だけが異様に大きい。


やがて最後のページ。


視線が止まる。


沈黙。


そして。


「……なるほど」


初めて漏れた感想。


その曖昧な一言が、妙に恐ろしい。


「初投稿ですか?」


「はい」


「そうですか」


再び原稿へ落ちる視線。


「絵、上手いですね」


思考が止まる。


予想していなかった言葉。


「え……」


「かなり安定している」


淡々とした評価。


「線も綺麗だし、画面の整理も上手い」


胸の奥がざわつく。


評価されている。


だが同時に、奇妙な違和感が生まれる。


「ただ」


編集者は続ける。


「少し気になる点もあります」


その瞬間、空気が変わる。


期待と不安が同時にせり上がる。


「物語なんですが――」


呼吸が止まる。


編集者の指が、あるページを軽く叩いた。


「ここから急に“うまくできすぎている”」


静かな指摘。


「悪くない。でも少しだけ、作られた感じが強い」


胸の奥に冷たいものが落ちる。


「技術的には高いんです」


続く言葉。


「でも……妙に完成度が高すぎるというか」


視線が鋭くなる。


「誰かの作品をかなり研究されました?」


一瞬。


ほんの一瞬。


背筋を冷たいものが走った。


「……いえ」


反射的な否定。


編集者は微かに笑う。


「まあ、皆さんそう言いますけどね」


軽い冗談のような口調。


だが視線だけは、どこか探るようだった。


テーブルの上に置かれた原稿。


まだどこにも属していない物語。


それは確かに、自分の作品のはずだった。


それなのに。


なぜか。


どこかで。


正体を問われている気がした。

編集者という職業は、創作者の物語において非常に特異な立場にあります。


味方にもなり得る。

敵にもなり得る。

理解者にも、破壊者にもなり得る。


**赤城 あかぎ・あきら**は、この物語の中で単なる脇役ではありません。

彼は「読者」と「市場」と「現実」を背負った象徴的な存在です。


創作者の内側の論理と、編集部の外側の論理。

そのズレは必然であり、衝突もまた避けられません。


第六話で示された違和感は、評価の問題ではなく、もっと根深い領域へ繋がっています。


物語はここから、さらに不穏さを増していきます。

引き続き見届けていただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ