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第一章 彩りを読む人 07

「被疑者は、スダリ・タード。男。二十四歳。救護隊員として軍の衛生部隊に所属。現在は要請派遣により、帝都中央自治区アドル神教会第二夜警団に在籍中」


 クレイ・クランフは、時折、片隅だけを糸で綴った簡易な手帳に目を向けながら、鑑察官たちに説明を続けた。


 昼休みが終わり、鑑察官たちは、執務室中央にある丸テーブルに集まっていた。クレイは一人立ったまま、最新の捜査情報を説明していた。


 襟の高いリネンのシャツは、若く清潔感があったが、どこかくたびれている。砂ぼこりでも被ったのか、いつもの銀色の髪には、まるで(すず)が混ざったようなくすみがあった。小さく寝癖が跳ねていたが、リドリーは見ないことにした。この私服警官もまた、徹夜の仮眠組の一人なのだ。


「医術棟での事情聴取において、犯行から二日後の今朝、スダリは被害者オリナの殺害を自供。正午の退院と同時に、身柄確保のた殺人の容疑で逮捕した」


「自供をしたの?」

 とリドリーは尋ねた。ずいぶんと展開がはやい。死因が断定できないままの逮捕は、もう少し慎重になるのが普通だが、よほど確かな供述だったのか。


 クレイは、灰青色の瞳を曇らせて、

「まあ……そう。自供した」

 その返答に、何かあるな、と思わぬ者はいないだろう。


 しばらく、みな互いに相手の発言を待っている様子だったが、ロイがフフッと笑いを漏らすと、一同は緊張から解き放たれたように、穏やかな空気になった。


「迷いが顔に出過ぎだよ、クレイ」

 ロイが言うと、クレイの口元が少し笑みで歪んだ。エリスもニヤリとして、

「ぜんぜん『刑事』っぽくない」

 と容赦がない。最近、警察の間では、重大な刑事事件を扱う私服警官のことを、隠語(いんご)でそう呼び始めていた。エリスは、こういうトレンドには早い。


「うるさいよ」

 クレイは、しかし不機嫌な様子ではなかった。手帳を見ながら銀髪を掻いて、

「スダリは、犯行自体をはっきり覚えてないんだ。被害者のオリナと書斎に行ったまでは、何とかおぼろげに供述し始めてるんだけど、犯行の肝心なところで、話が消えちまうんだ」


 リドリーは、クレイの話の行方(ゆくえ)に困惑した。ロイが代弁するように、

「じゃあ、どうして自供を?」


 クレイは、唇をギュッと結んだ後、静かに手帳を閉じた。そして、その時のことを辿るかように、声を作って言った。本人を真似たのだろう、底に意志を感じる声だった。


「『私が殺したはずです。私はそういう人間なのです』」


 エリスが、表情を凍らせて、リドリーの袖を(つか)んだ。リドリーも、思わず息をのんだ。まさか、殺人鬼でもあるまいし――


「刑事、怖い!」

「俺じゃ、ねぇ!」


 クレイは一度ため息をついて、「でも、確かにちょっと気味悪いだろ? ただ状況が揃ってる。その場に二人きり、首には扼痕、それから避難経路」


 リドリーはエリスと目を合わせた。クレイは続けた。


「なぜ避難時に、玄関じゃなく書斎に向かったのかを問うたんだ。そしたら、『間違えました』と。捜査室では、スダリが避難経路を間違え、その失態を隠すために、衝動的にオリナを扼殺した、という線で考えてる」


 昨夜のうちに、リドリーは、侵入者の情動結晶が見つからなかったことを警察に伝えていた。避難経路を間違えた可能性は、エリスの課題のための仮説なので伝えなかったが、第三者のいない現場で因果関係をつなげようとすれば、妥当といえば妥当な筋書きだった。


「信用できる供述だと判断したのかい?」

 ロイが尋ねると、クレイは両の手のひらを上に向けた。

「正直なところ、信用もなにも、他に材料がないんだ。スダリは救護隊員、軍の所属だ。下手をすると、軍が身柄を求めてくる可能性がある。軍法の方が刑罰は厳格だけど、それは有罪になればの話。救護隊員の醜聞(しゅうぶん)をもみ消される前に、警察で形にしなきゃならないんだ」


 英雄であるはずの救護隊員が殺人を犯した、となれば確かに軍も穏やかではいられないだろう、とリドリーは思った。軽はずみには口を出してこないと思われるが、警察がジルに解剖結果を()かしていたのも納得できる。


 クレイは、鑑察官たちを見回した。

「裏付けが欲しいんだ。情動結晶の鑑定を、急いで欲しい」


 説明が終わり、クレイが足早に警察に帰って行くと、

「ちゃんと閉めてくださいよぉ!」

 と、エリスは開けっぱなしのドアを閉めに行った。


 リドリーは、身の回りの小道具を整え、さっそく二階のラボに入った。

 奥の処置室には入らず、昨日のうちに書庫から借りて来た文献を机に並べ、保存棚からシャーレを一枚出した。


 『失誤(しつご)隠匿(いんとく)』情動。書斎から採取された灰緑色の結晶だ。

 自己の過失による結果を隠そうとする情動である。


 スダリが避難経路を間違えたことで、オリナが煤煙を吸い込み、重度の煤煙中毒に陥ったとしたら、この情動の説明はできる。ひとまず書斎に避難した後、その失態が暴露される危機をスダリが感じれば、この隠匿情動が発現しても不思議ではない。警察は、この情動を犯行の裏付けとするだろう。


 ――だけど


 リドリーは、机に向かい、窓に向けて除構板(じょこうばん)を通してシャーレを覗いた。


 水色の結晶が見えた。


 特に透過光に反応する、隠された情動。


 しばらく睨むように見つめた後、リドリーは文献をあたった。


 調査は、夕方までかかった。慎重な精査だった。

 途中、結晶に浮かんでいる不規則な濃淡が気になって、その意味も見出そうとしたが、ただの干渉ムラのようだった。


 新たに、法術では検索できない文献まで引っ張り出してきたが、吟味すべき事例もなかった。


 結果は、一つに絞られた。


 クレイが言っていた、スダリの言葉を思い出す。


 ――私が殺したはずです。私はそういう人間なのです


 芯を捉えない供述。採取された水色の情動。


 リドリーは、空の色が変わった窓に向けて、改めてシャーレをかざした。目を細めて、結晶を見つめる。


 ――避難経路を間違えて、扼殺


「困ったな。考えられない……」

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