表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/49

第四章 願いの天秤 05

 辻馬車は、緩やかに曲がった狭い路地で止まった。


 クレイは、ふらりと降りて、気持ちが悪そうに胸元を撫でなでた。

「チップをはずむと、馬車も弾むんだな……」

「うまい。ついでに言うと、時間も寿命も短くなるね」

 笑えない、とクレイが唸った。


 ここに来る道すがら、ロイは法王庁に立ち寄り、片手に法杖と丸めた法術衣を持って来ていた。


 小綺麗なアパートが立ち並ぶ一角だった。近くには教会や市場、商店があり、活気のある区域だ。

「ここの二階だ」

 ロイとクレイが見上げたのは、アドル神教会が所有する四階建てのアパートで、主に教会の実務関係者が住んでいる建物だった。

 スダリの居所である。


「さあ、入ろう」

 ロイは、法術衣を羽織り、アパートに向かった。

 玄関に入ると、左右に廊下が伸びており、正面は階段と奥に続く通路に分かれている。奥の通路を覗くと、中庭に続いているようで、共同厨房らしき設備も見えた。中庭の向こうには、同じ型の別棟があった。


 二人は階段を上がり、東側の部屋の前に立った。立ち入りを禁じる印として、木製のドアのノブに黄色い鎖が繋がれ、壁の鉤にかけられていた。軍関係者を警戒して、警察官の証明を持つ者しか外せない法具になっている。

 クレイは鎖を外しながら、

「来訪者がいれば、教会が知らせてくれるようになってるんだ」


 ドアを開けると、中は一部屋の簡素な作りだったが、充分な広さがあった。一面が古い木の床で、張り板ごとに緩いへこみが出来ていて、波打って見える。最近油を引いたのか、微かに刺激臭が部屋に残っていた。


 正面の壁には窓があり、右の壁に沿ってベッドが置かれている。左の壁には、奥に暖炉が埋め込まれ、壁からせり出したレンガを棚代わりにして、皿やコップが置かれていた。


 あとは、壁という壁に大小の家具が、不揃いながらもきっちりと並べられている。服はすべて押収されたようで、半開きのワードローブは中が空っぽで、部屋から生活の色を奪っていた。


 ロイは、部屋をぐるりと見渡して、ベットの下を覗いたり、手近な引き出しを開けてみたりした。

「すごいね。洗いざらい押収したね。本当に何も残っていない」

 そう言いながらも、ロイは丁寧に部屋の中を改めていった。天井や、引き抜いた引き出しの裏側や、その棚の奥まで確認する。クレイは両腕を組んで、

「その辺も徹底したよ。空洞がないか叩いてまで」

「さすがだね」


「いったい何を探してるんだ?」

「うん。……押収物になかったのが、気になったんだ」

 と、引き出しを元の棚に差し直して、「スダリが、オリナやハリを探していた痕跡だよ」


 そう言うと、ロイは部屋の中央で窓を向き、右手の法杖を身体の前に立てた。杖頭に青白い法印が浮かぶ。

 軽く一息つくと目を閉じて、法杖を宙に置いたまま、手のひらを外に向けて、両腕を水平に広げた。ロイの足元から同心円の法印が浮かび上がった。


 ロイは、部屋の中を漂う空気の流れを、全身で感じていた。窓からの陽光がさす床から、温められた空気が立ち上るのが分かった。天井まで昇って広がると、壁を伝って下降する。大きな流れは周囲に支流を作り、部屋中が微細な流れで満たされていく。みな自然物理に適った動きを見せていた。


 その流れに逆らって、一ヶ所だけ小さな渦を巻く場所があった。空気の渦ではなかった。


 ――情動の渦だ


 手のひらに意識を集中させると、ぼんやりと背に感じていた気配が、両手に集まった。場所は特定できた。

 渦の流れの速さから、まだ新しいものだと分かった。渦は小さい。情動が弱いのではなく、おそらく物が小さいからだろう。


 これなのか、とロイは手応えを反芻した。もしそうなら、押収品になかったのも頷けるけれど――


 そっと両手を握りしめた。


 クレイは部屋を見回して、首を傾げた。

「何か、起こったのか?」

 ロイは、法杖を手に取り、くるりと出入口近くに向かった。

 一つの家具を見下ろした。腰ほどの高さの、脚のない簡素なチェストで、小さな引き出しがいくつも組まれていた。


「この下を調べよう」

「押収したときに、もう調べてるぞ」

 言いつつ、クレイはチェストの横端を持った。ロイと二人でゆっくりと持ち上げて、壁から離す。


「あっ!」

 クレイは思わず声を上げた。自分の肩をかすめて、赤い光の柱が床と天井を結んだのだ。


 杖頭を光柱に被せると、光は消え、床から一枚の白いカードのようなものが現れた。

 ロイが拾い上げてみると、カードのように見えたのは薄い小さな封筒のようだった。


「中に手紙が入っているみたいだ」

 と、クレイの前に示した。「被疑者宅、東玄関側、家具下より、押収物一点」


 クレイは手帳を開いて、封筒の大きさなど特徴を書き込み、

「封は、されていない……」

 しぱらく手帳の上で手がせわしなく動いた。「確認した」


 ロイは封筒の口を開き、小さなメモを取り出した。さっと目を通し、クレイに目を配った。

「さっきまで僕たちがいた住所が、書かれている」


 クレイがメモを手に取った。

「『先月伝えた医術学校で、編入試験願書が確認された。その住所の転記』。なんだこりゃ?」

「よく調べたものだね。やっぱり、スダリはどこかの調査員を雇っていたんだろう」


 どうやら、いい調査所を見つけていたようだ。悪質な人探しだと、捜索のフリだけで高い日当を取り続けるところもある。


「どこの調査所か、調べられるかい?」

 クレイが、不思議そうな顔を向けた。

「スダリが、ハリだけじゃなく、オリナの捜索も依頼していて、まだ見つかっていないとしたら? それも、この夜警団の管轄だけじゃなく、広範囲の捜索だったとしたら? スダリがオリナを追って殺害の機会を伺うために今の夜警団に入った、という説は、保てなくなる」


 クレイの目が、パッと明るくなったように見えた。

「スダリの自供がまた覆る! 犯行動機を見直す時間が稼げるってことか!」

 言ってから、クレイは眉をひそめた。

 ロイは苦笑して、

「今度、ご馳走するよ」


 リドリーが火災現場の寝室の『邂逅』情動で見たように、スダリがオリナを見つけていなかったことが、これで証明できるだろう。少なくとも警察の捜査は、この線で少し長引くはずだ。カルベロ上級室長の思惑にも、水を差せる。


 クレイは、改めて報告のメモを見ていた。

「でも、今までの報告書類が見つからなかったのは、なんでだろ? このメモじゃ、ハリが医術を目指していることは、スダリはすでに報告を受けて知っているってことだろう? じゃあ、その報告書はどこにある? 大事な手掛かりが書かれたものを、スダリが捨てるなんて考えられないだろ」


「これまでの報告書類が押収できていないのは、定期的にどこかで直接会って、情報を交換していたからだよ。でも、今回スダリは逮捕されて、その場所に会いに行けなかった。待ちぼうけた調査員は、やむなくこのメモを、ドアと床の隙間から滑り込ませた。それが、チェストの下に入ってしまった」


 ロイは思わずクスッと笑って、「部屋まで来たら、スダリがいないばかりか、玄関のドアが黄色い鎖で閉じられている。警察が監視しているかもしれない。さんざん迷った挙句、ドキドキしながら、それでも報告しなきゃと律儀に思って手紙を残したのだろうね。相当の葛藤だったと思う。封筒に情動が染み込んでいたよ」


「依頼中のスダリの様子を直接見てきた、生真面目な調査員ってことか」

 よし、とクレイは封筒を手帳に挟んで、「この辺りの登録業者を調べてみるよ。筆跡で見つかると思う」

 と、さっそく玄関のドアを開いた。


 ふと、振り返った。

「分厚い肉がいい!」

「わかった。『オプタシア』で席をとっておこう」

「『彩鳳楼』にしよう。たまには高級なやつ」

 クレイは口を尖らせて、「ハリの前でもダシにされたからな」

 分かった、とロイは笑った。


 しかし人気の店である。予約がいつになるか分からない。

「席が取れたら、声をかけるよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ