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第三章 孤独な景色 05

 夕方から降り出した雨が、街を濡らしていた。

 すっかり日が暮れて部屋の中を映している窓を、風に吹かれた雨粒が、パラパラと叩く。


 リドリーは、執務室の自席で、捜査資料を見直していた。

 だが、焦りか虚ろか、資料が頭に入ってこなかった。目は文字の上を滑り、耳はいたずらに雨音を追った。


 もう部屋には誰もいなかった。みな外出か退勤をしている。

 ロイの執務机には、革の書類入れが置かれていた。帰る時には、いつも机には何もないのが普通だ。まだ、仕事に出ているのだろう。


 ――嘘を背負わせてしまう


 そう思うだけで、身体中の血が止まるような、底の見えない不安に落ちた。

 こんなにも胸が苦しいものだっただろうか。自分に降りかかるだけなら、実力不足だと無理にでも納得できたのに。


 そして今日の午後は、実講から戻ったエリスの課題を見る約束をしていたが、叶わなかった。火災現場の情動結晶の解釈について、レポートの続きをエリスと一緒に考える予定だった。取り調べから帰った後で、申し訳程度に『邂逅』情動の解釈を付け加えたが、きっとエリスには物足りなかったと思う。


「ありがとうございます! これで明日も瞬パスです!」

 そう言ってくれたが、却って胸に刺さった。助言が不充分なのは自分でも分かる。

 私自身が見出せていないのに――


 机の上に、オリナの部屋で採取した『邂逅』の情動結晶のシャーレがあった。夕方にエリスとレポートの話をした時のままだ。


 光沢のある黄色の円い結晶の奥に、赤くぼやけた筋が見え隠れする。この結晶は、時間を隔てて二つの情動が重なったものだ。オリナがスダリに気づき、また、スダリもオリナとの再会を感じた。


 スダリはオリナの居所を知らなかった。それを証明できれば、ドレッドからオリナを追ってスダリが帝都に来たという警察の筋書きに待ったを掛けられる。


 その目処も立てられていない。

 スダリとオリナの二人の情動は確かにそこにあるのに、結晶を分けることはできない。たとえ指を差し込んで結晶をかき分けても、二人の姿は見えない。たまらなく、もどかしかった。


 情動を直接()たことを後悔してはいない。それが自らの本分だと思っているし、そのために鍛錬を積み上げてきた。


 なのに、今はこうして、久しく忘れていた虚ろな胸苦しさに冷静さを失っている。自分でも驚くほど、うろたえている。


 リドリーは苦笑いした。自分にはエリスを教える資格がない。ふと、サリアスのことを思い出した。


 先生は私を導いてくれた。でも私は、エリスを導けるほど立派な先生にはなれそうにない。

 先生が一人でそうしてきたように、私は一人で情動のうごめく世界を見て、これまでその証拠を見つけてきた。少なくともその覚悟をしてきたのに。


 一人で――


 いや、私の景色の中には、いつも先生がいた。

 同じ時間、同じ場所で、先生と一緒に景色を見ていた――


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