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第二章 瞳の奥の記憶 07

「二人は互いに、相手が帝都に来ていることを知らなかったのだろうね」

 と、ロイは小さく首を振った。「それが、火災現場で出会ったのか。これは、とんでもない偶然だね」


 三人は、帰りの幌馬車の中で両脇の長い腰掛に座っていた。傾き始めた陽が、幌の中を明るく照らしていた。


「うん。二人とも相当な驚きだったと思う。『邂逅』の情動が、あんなに強く残っているのは珍しいけど、頷けるね」


 採取された情動結晶は、二人の情動が重なったものだ、とリドリーは考えた。まったく同じ場所に二人の情動が残っていたことになる。


 スダリはベッドに人影を見つけて、救出のため近づいた。自ら火を放ったオリナは、避難を促されて拒んだかも知れない。だが、やがてどちらかが相手に気づいた。そして、その相手も。


 どの順番で相手に気づいたのか――


「情動の『紋』が取れたのは大きいね。尋問で確認ができれば、オリナかスダリ、どちらの特徴かがわかる」


 そう言われて、リドリーは頷いた。


 今朝の尋問では、二人の関係を持ち出せなかったが、次は、寝室で二人が会った時の様子を確認できるかも知れない。

 それに今回の『紋』は、情動と争わずに取れたことが、リドリーには嬉しかった。


 寝室での検分の後、『付託』情動が出ていた廊下の二箇所の採取場所でも感知を行った。しかし情動の出現が、上空の閃光としてそれぞれ一度ずつ現れただけで、『紋』どころか何の特徴も確認できなかった。


 改めて書斎を検分して『紋』を確認したいと思った。しかし、情動の強さを考えると躊躇われた。修行中のサリアスの鋭く睨む眼差しが思い出された。


 勾留期間が許せば、少し風化するのを待ってもいいのだが、本件では難しいだろう。

 リドリーは、自分の力量を不甲斐なく思った。捜査の手がかりを得るためには、もっと鍛錬を積まないと……


「偶然に再会したなんて、警察が納得するでしょうか?」

 エリスがボソリと言った。リドリーは、今のままでは無理だろうと感じた。捜査は必然をたどる。偶然を疑うことが基本にある。


 もっとも、避難経路を間違えて殺害したという今の動機なら、偶然の再会はさほど問題にはならない。だが、いずれこの嘘の動機を覆した時に、偶然性が問われることがあるかも知れない。


「一つひとつ、証明できる事実を探すしかないね」

 と、リドリーは微笑んだ。

「帰ったら、警察がドレッドで集めた情報も聞けるだろうから、きっと糸口はあるよ」

 ロイが言うと、二人は頷いた。


「それにしても先輩の法印、今までで一番キレイでした」


 杖頭を胸に抱きかかえて、エリスはため息混じりに「前までもキレイだったけど、ちゃんと見られてなかったというか。初めての時は、もう驚きしかなかったし、二回目の時は、何が起きてるのか考えてる間に終わっちゃったし。今回、やっと観察できたと思います」


「それで、なにか分かった?」

 エリスはニンマリとして鼻息を鳴らした。

「なんにも」

 リドリーは笑った。


「いつもは円法印なのに、覗きに行く時は螺旋なんですね」


 その時だけ法印が螺旋状になることはリドリーも自分で気づいているのだが、意識をして変えているのではなかった。


 サリアスは、意識して円法印と螺旋法印を使い分けていたという。だが、他にも螺旋法印を出す者はおり、多くはないが珍しくはない。必ずしも、情動空間を()る特殊能力を表す傾向ではないらしい。


「私も螺旋法印が使いたいなぁ。かっこいいですよね」


 螺旋法印は、太古の紋様だ。だが、法印文字を留めておけないため、円法印が開発された。円法印は、術力が流れ出さないので消耗が少ないし、文字が横のつながりだけでなく、上下の関係でも意味を持つ『平面文法』を作ることができる。密度の高い術式を組めるのである。


「先輩のは、法印文字が他のを時々追い抜くんです。文法がまるで変わっちゃうんですよね」


 解読は不可能とサリアスから言われていた。見える景色と、その瞬間の文字配列を照合できないからだった。流れる文字は、あらゆる力学に反応しないため、留め置けないのだという。


「いつか、私が先輩の秘密を見つけますからね」

 エリスは、リドリーににじり寄って、「そしたら、みんなが見られるようになるし。何よりの証拠にできるでしょう?」


 その通りだった。かつて、サリアスが何度も試みたことだった。師の姿を想いながら、

「期待してるよ」

「先輩それ、本気にしてないでしょう? いまに秘密を明かしますから。全部はぎ取っちゃいます。丸ハダカですからね、先輩」

「言い方」

 するとエリスは声色を変えて、

「――ハダカで、ございましてよ」

 ロイが吹き出した。それでも笑いをこらえるように、

「くれぐれも、実講には報告しないようにね」

「それは、保障できません」

「もう、ロイまで」

 幌馬車は笑いに包まれた。


「そうだ、昨日の検分のことも聞かせてください」

 そう言えば、エリスに話す約束がまだ残っていた、とリドリーは思い出した。昼食の時は周りに民間人がいたので、もっぱらエリスの流行り話だったし、現場に向かう幌馬車の中では、ずっと今朝の取り調べの話だった。


「そうだったね。じゃあ……どこから話そうかな。――あ」


 ふとリドリーは、ロイが小さく描いた釣鐘モンスターの絵を思い出した。


 ニコリと笑って、人差し指を口元に立てた。

「ごめん、内緒だった」

「えええっ」

 エリスが激しく抗議した。リドリーは笑いながら話し始めた。

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