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第二章 瞳の奥の記憶 05

「ドレッドの出身だそうだな。いつ故郷を出たんだ?」

 と、クレイは切り出した。


 取調室に、傾き始めた陽の光が入ってきた。窓の鉄格子が、太い影を壁に刻んでいた。


「昔のことです」

 スダリの声は静かで丁寧だったが、相変わらず表情がなかった。

「被害者とは、面識があるんじゃないのか?」

 沈黙した。書記のペンの音が聞こえてきた。

「調べればわかることだ」


 尋問は、本人しか知らないことを引き出すためのものである。油断をさせて口走るか、「これ以上は隠しきれない」と被疑者に感じさせなければ、成功しない。外で調べて分かることをあえて尋ねるのは、そのためのプロセスだ。


「ドレッドの、どこで知り合ったんだ?」

 スダリは、机に目を落としたまま、沈黙を続けた。


 またかよ、とクレイは内心ふてくされた。既にリドリーの尋問記録には目を通していた。スダリの態度は、警察の尋問に対して、より高い壁を作っているのは明らかだった。密かにずっと勝敗をつけているが、リドリーには圧倒的な「負け越し」だ。こっちもおんなじ机と椅子を使ってんのに。くそぉ、これからだぞ。


 スダリの故郷であるドレッドから、第一陣の捜査官たちが戻ってきて、オリナとの接点を多く掴むことができた。出し惜しみをしている時間はない。一気に問い詰める予定だった。


「使用人だったそうじゃないか」

 スダリは、顔を一瞬こわばらせた。

「使用人は、父のことです」

「その父親と、住み込みで働いていた」

 スダリは口元を結び、机上に目をゆっくり漂わせた。警察はどこまで調べたのかと考えているに違いない、とクレイは読んだ。動揺し始めたと思った。


「マクダリオ・グラファド」


 クレイが雇い主の名を言うと、スダリは視線を留め、そっと目を閉じた。


 医術棟に収容されていた時は、とても慎重な取り調べだった。軍関係者であったことも理由の一つだが、記憶がはっきりせず、尋問の内容によっては「記憶が作られる」と医術師から警告されていたからだ。


 だいぶ記憶が戻ってきた退院間近の時まで、「自身が、扼痕のある死体と一緒に発見された」くらいのことしか伝えられなかった。


 すると突然、「私が殺したのでしょう」と言い出した。ずっと尋問に付き添っていた医術師ですら驚いていた。


 確かに、現場の状況はスダリの犯行と言ってよかった。扼痕のある死体、侵入者はいない、部屋に二人きり、となれば放ってはおけない。加えて軍関係者となれば、まともに捜査を続けるには、逮捕に踏み切って身柄を拘束するしかなかった。


 捜査室長のカッツが言った。

 ――スダリは、辻褄を合わせるのが上手い奴だ


 それは逮捕直後の尋問で、『扼痕がある』『通常の避難経路ではない』という二つの情報だけで、「避難経路を間違えて、失態を隠そうと扼殺した」とスダリは言ってのけたからだった。


 どう殺したかは実演も説明もできないのに、「自分はそういう人間だ」と譲らない。後で『失誤の隠匿』情動が出たと聞いて、カッツは鳥肌が立ったという。


 いったい、何を隠しているのか――


 クレイは、得体の知れない被疑者に、言い聞かせるように既知のことを話した。


「当時、グラファド商会を営んでいたマクダリオの屋敷に、お前は父親と一緒に、使用人として住み込みで雇われていた。マクダリオには娘と息子がいる。今回の被害者オリナとその弟のハリだ」


 クレイは、右手の指先で家系図を示すように、何もない机上をつついた。

 スダリは再び目を開き、しかしクレイの指を追いかけまいとしているかのように、机上を凝視していた。瞳が微かに震えているようにも見えた。


「お前は、歳の近いオリナやハリの話し相手だった。三人は『兄弟のようだった』という証言もある。まあハリの方は、妻パルファの不貞の子だと発覚して、マクダリオからは、パルファと共に縁を切られ――」


「不貞の子ではありません」


 突然、スダリが強い語気で遮った。スダリが壊れたのかと感じるほどだった。クレイは驚いて、机に置いた指先が浮きあがった。


 スダリは、ゆっくりと、しかし部屋の隅々まで振動が行き渡るような声で、話を続けた。

「ハリ様は、旦那様のご子息であり、オリナ様はその実姉です。奥様には、不貞などありませんでした」


 クレイは、さして重要ではないと思っていたところで、スダリが反応したことに戸惑った。だが、こういう時は話を合わせろ、と先輩刑事から叩き込まれていた。そして少し挑発することも。


「――事実、縁を切られたままだ。その後、マクダリオが死ぬまでの数年間、パルファもハリも復縁を認められていない」

 と、クレイは軽くあしらうように、「それだけ、不貞の確信があったからだろう。なぜそうでないと言い切れる?」


 スダリは少し間をおいて、肩に入った力を抜くように息を吐いた。


「病です」


 スダリは、静かに言った。「遺伝病の一種で、発病すると関節が動きにくくなる。オリナ様はその病で、幼い頃からお屋敷で長く療養して過ごされていました。これは、父方からしか遺伝しない珍しい病です。旦那様は発病されていませんでしたが、ハリ様も、お屋敷をお出になられてから間もなく、発病されました。家系につながる病なのです」


「不貞の相手が、同じ病気の可能性もあるだろう?」


「あれは、旦那様に永く仕えていた支配人の仕業でした」


 支配人は、取引先の商人と共謀して、仕入れ値を偽り、その差益を横領していた、とスダリは話した。


 そして「取引先からの心付け」と称して、パルファに横領した一部の商品を渡していた。後で知ったことだが、いずれは家人を共犯にするつもりだったという。


 そんな時、地域の市場価格が乱れないよう、商人ギルドが商品の売価調査をしていた。そこから、支配人の仕入れ値の水増しと横領が発覚した。


 マクダリオは、一気に疑心暗鬼に陥ったという。それだけ強い信頼を置いていた支配人だった。

 そして、この時のパルファへの「心付け」が、疑心暗鬼のマクダリオには不貞の関係に映り、その疑念が止まらなくなったのだ。縁を切ることになるまで、さほど時間はかからなかった。


 ハリが発病し、不貞の疑念が誤解である旨の便りが届き、使者も訪れたが、マクダリオは一切応じなかった。もはや関係は完全に壊れていた。


「――ハリは、今どこにいるんだ?」

 スダリは、しばらく机に目を落としていたが、小さく首を振った。

「探していたのか?」

「はい。噂話は聞くのですが、確かな手がかりがなくて……」


 思わぬ話を掘り当てたのはいいが、とクレイは眉をひそめた。これは少なくとも、この事件からは程遠い話だろう。

 リドリーの尋問調書にも、突然、小鳥を死なせた話が出てきた。それと同じ、ただの昔話だ。


 ふとクレイは、リドリーの調書を読んだ捜査官の一人が、半ばふざけて言っていた言葉を思い出した。


 ――これは、本当に小鳥のことなのか?


 スダリの目的は、何だ?

「最初から、オリナを殺すつもりだったのか?」

 クレイの口から、自然と言葉が漏れた。


 スダリが、一瞬だけ視線を上げ、空中を睨む細い目をした。クレイには、それが辻褄を合わせようと考えている仕草に見えた。


 ――だめだ。俺が動揺してる


「オリナは、三年前にドレッドから帝都に移り住んできた。お前は、二年前に軍に入った後、救護隊員としてアドル神教会の夜警団に派遣配属されている」


 クレイは、スダリの話を振り払おうと語気を強めた。「この帝都まで、オリナを追いかけてきたのか?」

「偶然です」

「避難経路を間違えて殺した。かつて仕えていた雇用主の娘をか?」

「偶然です」

 目が、揺れたように見えた。


「兄弟のような仲だった人間をか?」


 スダリは、黙った。顎には力が入り、目は宙の一点にしがみついているようだった。


 仲が良かった。それは、本当のことだろう。雇い主のひとり令嬢が「お嬢様」ではなく「オリナ様」なのは、おそらく名前で呼び慣れており、周囲にも許容されていたからだ。


「殺す理由はなんだ? 辻褄を合わせてみろ」

 スダリは、動かない。

 取調室は、書記のペンの音だけになった。


 ドレッドに抜ける森よりも深そうだ、とクレイは長期戦を覚悟した。

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