2-5
体育倉庫を出たアーリャは、足元がまだまともに安定しなかった。腰に残る熱と、亮太の手が離れた瞬間の冷たさが交互に蘇ってくる。
心臓がまだ、ドクドクと打っていた。
(……危なかった……でも……)
何とか落ち着こうとして胸に手を当てて深呼吸する。その時だった。
「……あんた、なにやってんの?」
背後から鋭く刺すような声。振り返るより早く、制服の袖を乱暴に掴まれる。
そこには、さっき亮太に抱かれていた女生徒……長い髪を高く結い上げ、化粧の濃い目元を吊り上げた少女が立っていた。目には怒り……そして嫉妬と焦りが渦巻いている。
「さっき、倉庫から出てきてたよね。亮太と、何してたの」
アーリャは口を開こうとした。でも日本語が瞬時に出ない。その沈黙が、女生徒の苛立ちに火をつけた。
「……は?黙んないでよ。答えなよ」
ぐい、と近づいてくる。アーリャはわずかに後ずさったが、女生徒がさらに差し迫る。
「アンタ、亮太の何なの!?言っとくけど、アンタみたいな外国人が関わっていい相手じゃないから!」
アーリャの胸がぎゅっと縮む。けれど、言葉より先にさっき倉庫での熱が脳裏をよぎる。
亮太の手。
呼吸が触れる距離。
押し寄せた恐怖と、漫画みたいな高揚。
そのせいで、女生徒の言葉が耳に上手く入ってこない。
(リョウ……)
アーリャは、頬を紅潮させてうっとりする。
「……何その顔。まじムカつくんだけど」
女生徒はさらに詰め寄ってくる。
「さっき亮太と……途中だったの。わかる?」
(……途中?)
アーリャの胸がざらりとした感情にざわつく。
だがそのとき、女生徒の声がさらに鋭く跳ねた。
「アンタみたいな外国人のせいで、中断させられたんだからね!」
その瞬間。
影が、ふたりの間に落ちた。
女生徒がぴたりと黙る。アーリャも息を呑む。
ゆっくりと、倉庫の奥から現れる亮太。制服の襟元を指で掻きながら、露骨に面倒くさそうな表情をしている。
「……なに騒いでんだ、お前ら」
その声は静かなのに、冷たく空気を切り裂いた。アーリャの心臓が跳ね、女生徒は一瞬で青ざめる。
「り、亮太……っ!」
亮太は女生徒にもアーリャにも目を合わせず、ただ深いため息をついた。
「……ダルすぎ。マジでうるせえ」
女生徒の表情が強張る。アーリャは言葉を失う。倉庫の空気が、一気に温度を奪われていくようだった。
亮太がこちらに向かって歩き出す。その気怠い足取りだけで、空気がどんどん凍っていく。
彼は、苛立ちだけを顔に貼りつけたまま、口を開いた。
「……で、これは何の茶番だ?」




