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亮太はアーリャのスマホを指先で弄びながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「……ページ捲るみてえに、人のこと覗いてんじゃねえよ。気持ちわりィ」
その声音には、怒りよりも……抑え込んだ衝動のほうが濃かった。
思わずアーリャは後ずさり、背中が体育倉庫の冷たい壁にぶつかった。逃げ場はない。けれど、逃げたいという本能よりも先に、胸の奥の“期待”が反応してしまう。
ドンッ!!
亮太は片手でアーリャの横の壁を叩き、彼女を囲い込む。所謂壁ドンの状態だ。
「……ロシア女。ビビってねえのか」
顔が近い。息が触れる距離。アーリャは喉がひりつくほど緊張しているのに、目を逸らせない。
『……だって、こんなの……いつも読んでる漫画みたい……』
アーリャの言葉が翻訳されたその瞬間、亮太の目がギラッと光る。
「……その“漫画”みてぇに、してほしいってか?」
指先がアーリャの顎に触れ、強引に顔を上向かされる。首筋に触れそうで触れない距離をなぞるように、亮太の指がゆっくり動く。
(……あっ……来る……)
視界が熱で揺れる。怖い。でも、それ以上に胸がざわつく。
亮太の手が、アーリャの腰に落ちる。顔が更に近づく。
キスされる……そう思った瞬間だった。
ピタッ……と、彼の手の力が、抜けた。
「……ウゼェ」
亮太は眉をひそめて舌打ちし、苛立ちを隠さずに呟く。
「胸糞悪ィんだよ、お前」
アーリャの腰にかけられた手が、ぎり、と握られる。
彼女は亮太をじっと見つめてはいるが、彼女の目に、“亮太”は映っていない。
(コイツは俺を通して“漫画のキャラクター”を見ているだけだ)
それが、とてつもなく彼の心を不快にさせた。女を思い通りにするのは好きだが、女の思い通りになるなんて御免だった。
亮太はアーリャの腰に回した手を引き剥がすように離す。そして荒く息を吐き、髪を掻きむしった。
「……ロシア女。お前、まじで邪魔くせぇ」
アーリャの胸はまだ早鐘のように打ち続けている。掴まれた腰に、熱が籠る。もう少しで触れていた唇がふるふると震えた。
(……もう少しで、本当に襲われていた……)
怖い……普通ならそう思うはずなのに。
憧れていた漫画の中の危険が現実に現れたようで、全身が熱く震えていた。
亮太はそんなアーリャを睨み、毒を含んだ声で言い放つ。
「……次はねえ。もう来るな」
そう吐き捨てると、彼は倉庫の奥へと消えていった。
アーリャはその場に立ち尽くし、指先だけが震えているのを感じていた。
けれどその震えは怖さよりももっと別の……どうしようもない感情だった。




