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キーンコーンカーンコーン……
一限目のチャイムが鳴っても、亮太は姿を見せなかった。アーリャは教科書を開いたまま、そっとそこへ視線を送った。
(……いない。どうして?)
胸の奥がざわつく。彼女のこれは恋ではない。
ただ好きなジャンルのキャラが急に出てこなくなって、続きを早く読みたい時の焦りに似ていた。
数学教師の説明が続くが、まるで耳に入らない。
「……すみ、マセン、トイレ……」
たどたどしい日本語でそれだけ言って、教室を出る。
(……ちょっとだけ。どこにいるか、見るだけ……)
階段を降り、旧校舎へ向かう足取りは軽かった。心臓が跳ねているのは、ときめきというより……期待なのかもしれない。
(もしかしたら、昨日みたいに“悪いこと”してるかも……)
体育倉庫の奥で男と女の押し問答。そんな漫画みたいなシーンがまたあるのかと思うと、胸がざわついた。
そして……扉の向こうから、女の声が聞こえた。
「ねえ、亮太……続き、しよ……?」
アーリャは小さく息を呑んだ。胸が、高鳴る。
(……やっぱり、ここにいた)
指先が震える。それは怖さじゃない。
ただ、漫画のページをめくる前のようなあの期待の感覚に似ていた。
覚悟を決めて、扉を軽くノックする。
ガラッ!
扉が開き、亮太が現れた。腕に女子を絡ませたまま、赤く鋭い瞳でアーリャを睨みつける。
「……ロシア女か。テメェ、昨日ここには二度と来んなって言ったよな?」
彼の瞳から不機嫌、殺気を感じ、アーリャの身体が震える。だけど、逃げはしない。
『授業……来ないから。心配だったの』
好きな漫画のキャラの行動が気になって、続きを知りたくなる。その感覚の延長線みたいなものだった。
その時、途中で行為を中断させられ、ムッとした女子生徒が口を挟んだ。
「ねえ、亮太……続きは……」
しかし、亮太は女子の腕を乱暴に振り払う。
「うっせえ。どけ」
「は……?なんでその留学生庇うのよ」
「ウゼェよ。さっさと消えろ」
女子がアーリャを睨みつけ、怒りを押し隠せない表情で立ち去る。アーリャは胸を押さえる。
(……やっぱり。彼は“リョウ”にそっくり……)
アーリャの胸がとくん、と鳴った。それは恋心ではなく、ただ大好きな作品のキャラクターと話しているかのようだった。
「……心配、なあ?ロシア女、テメェ本当気持ち悪ィな」
アーリャを見る亮太は明らかな敵意と苛立ちが混ざった危険な音がする。それでもアーリャは頬を微かに赤くしながら、静かに顔を上げた。
(……素敵)
彼の危なさそのものに、心の中のページをめくる手を止められなくなっていた。




