第三話「川辺」
日常の始まる
朝、山小屋に柔らかな日差しが差し込んだ。
テーブルの上には、昨日カイトが作った保存食のパンと、温かいスープ。湯気の上がる食卓を前に、セレナは腕を組んで眉をひそめていた。
「……ねぇ、カイト」
「ん?」
「最近、肉ばっかりじゃない?」
「そうか? 昨日はシチューだろ」
「でも、魚も食べたい。エルフは本来、森で採れるものを食べて生きてきたのよ」
「ふむ……」
カイトはパンをかじりながら、じっとセレナを見た。彼女はぷいと顔をそむける。
しかし、頬はほんのり赤い。
「……別に、あんたに強制するつもりはないの。ただ、魚を食べたくなっただけ」
「じゃあ、釣ってきたらいい。川はこの山を下ればすぐだ」
「はぁ!? 私に行けっていうの?」
「嫌なら俺が行くけど」
「……べ、別に嫌とは言ってない! 釣りぐらいできるわよ!」
結局、セレナが釣りに行くことになった。
カイトは止めはしなかった。むしろ「この辺りの危険に慣れるいい機会だ」と考えたからだ。ただし、森には魔物が潜む。彼女が一人で完全に対応できるかは不安が残る。
「気をつけて行けよ。危なかったら全力で逃げろ」
「わかってる!」
そう答える声は強がっていたが、腰に小さなナイフを差す手はほんの少し震えていた。
川辺は静かだった。
水面は朝日を受けてきらきらと光り、森の中に涼しい風が吹き抜ける。セレナは長い銀髪を耳にかけ、釣竿を川へ垂らした。
「……ふん。絶対に大物を釣って、あの無神経銃士を見返してやる」
そう独り言を呟きながらも、心は少し落ち着いていた。
だが。
――ガサリ。
茂みが揺れた。セレナの耳がぴくりと動く。
低い唸り声が、川辺に響いた。
「っ……!」
現れたのは森狼の群れ。数は十、いや、奥から現れる影も含めれば二十を超えている。鋭い牙と赤い目が、彼女ただ一人を狙っていた。
「こんな数……!」
即座に詠唱。彼女の足元から緑色の魔力が広がり、蔦が地面を突き破って飛び出した。狼たちの足を絡め取り、数匹を地面に縫いとめる。
同時に、枝を編んで盾を作り上げる。迫りくる爪をそれで受け止めた。
――ガギンッ!
木の盾がひしゃげ、手が痺れる。
「まだ……!」
さらに蔦を伸ばし、倒れた木を支柱にして即席のバリケードを築く。
だが、狼たちは狂ったように牙を剥き、仲間が倒れても怯まない。
一匹、二匹と拘束を引きちぎり、セレナに飛びかかってくる。
彼女は必死に蔦を鞭のように振るい、爪と牙を弾き返した。
頬に鋭い痛み――爪がかすめ、赤い線が走る。
「くっ……!」
息が荒い。魔力の消耗も激しい。
それでも、必死に抵抗した。ここで倒れれば、待っているのは死だ。
「まだ……私は負けない!」
蔦の鞭で一匹を地面に叩きつける。だが、すぐに別の狼が背後から襲いかかってきた。
振り返った瞬間、巨大な森狼――群れのリーダーと思しき個体が牙を剥き、飛びかかってくる。
――避けられない。
セレナは目を見開いた。
その時。
【パン!!!!!!!!!!!!!!!!!】
乾いた銃声が森に響き渡った。
次の瞬間、巨大な狼の頭が弾け飛び、地面に沈んだ。
「……は?」
呆然とするセレナの背後から、落ち着いた声が届いた。
「まったく、ほんの少し目を離すとこれだ。狼どもは…」
「……カイト……!」
振り向けば、銃を片手にした少年が木陰に立っていた。
黒い瞳は冷静で、銃口は正確に群れへ向けられている。
「セレナは下がれ。――ここからは俺がやる」
その言葉と共に、再び銃声が森を揺るがした。
カイトとセレナの行方はどうなる!