第二話「奴隷の子」
村に出かけましょう!
朝の山道は、まだ薄い霧に包まれていた。
小鳥のさえずりが遠くから聞こえ、森の香りが鼻をくすぐる。
カイトは荷物籠を肩に掛け、山小屋を後にした。
今日は村に下りて、食材や生活用品を買い足す日。
釣り糸や保存食、ちょっとした日用品――それだけで十分なはずだった。
「さて……今日は何を買おうかな」
カイトは、小さな冒険に出るような気分で歩いた
村に着くと、広場には商人や村人が行き交い、活気ある声が飛び交っている。
ふと目を向けると、ひときわ目立つ存在があった。
――鎖につながれた一人の少女。
白銀の髪、尖った耳。年齢はカイトと同じくらいに見える。
鋭い目で周囲を警戒し、微動だにしない。
「……生活の手助けにはちょうどいいかもしれない」
カイトは小さく呟き、ゆっくりと少女に近づいた。
売り子の男が声をかけてきた。
「お、今日は目をつけたかい? この子はなかなかの逸材だぞ。年齢も同じくらいで扱いやすい」
「扱いやすいって……どのくらいの値段ですか?」
「二百ゴールドだな。特別な子だから、そう安くはできん」
カイトはしばらく考えた。
二百ゴールド――生活の手助けとしては大きな出費だ。だが、手間が減れば十分元は取れる。
「……わかりました。買います」
即決。カイトは財布から二百ゴールドを取り出す。
少女は冷たい視線を送る。
「……命令すればいいんでしょ」
カイトはにこりと笑った。
「いや、そうじゃない。ここでは自由だ。働きたくなければ寝ていればいい」
「……は?」
少女は目を丸くし、戸惑った表情を浮かべる。
今まで誰かの命令で生きてきた少女に、自由はまだ理解できないらしい。
「えっと……本当に、勝手にしていいんですか?」
カイトは笑いながら頷く。
「もちろん。気に入ったら手伝ってくれればいいし、面倒なら無理にやらなくていい」
少女はしばらく黙っていたが、ぽつりと呟いた。
「……別に、手伝うつもりなんてないけど」
「それでもいい。少しずつで大丈夫だ」
カイトは肩をすくめて、穏やかに言った。
市場での受け渡しが終わり、少女は鎖を外された。
カイトは荷物を持ち、声をかける。
「じゃあ、行こうか。山奥に帰るぞ」
「……なんで私、あなたについていかなくちゃいけないの?」
「いや、自由だろ? ついてきても、ついてこなくても」
少女は少し考えた後、黙ってついてくる。
警戒心は強いが、まったく関心がないわけではなさそうだ。
道中の会話もぎこちない。
「ところで……あなたは何歳なの?」
「……十七」
「同い年か。なんだ、ちょっと安心だな」
少女は眉をひそめ、顔を背ける。
「……安心って何ですか?」
「いや、同じ年くらいだと気が楽っていうか……あんまり年上に命令されるのも嫌だろ?」
少女は小さく舌打ちする。
「……別に、誰に命令されても平気ですけど」
「はは、そうか。まあ、無理に話さなくてもいい。気が向いたらでいい」
山奥の小屋に到着。
小屋は暖かく、料理の香りが漂っている。
カイトは少女に向かって手を広げる。
「ここで好きにしていい。働きたくなければ寝てろ」
「……は?」
少女は首をかしげる。
言葉の意味がすぐには理解できないらしい。
「慣れるさ。俺も十七歳。完璧じゃないけどね」
少女は黙って小屋を見回す。
不思議な少年に振り回される生活が、まだ想像できない様子だ。
夜。カイトは夕食を準備する。
魚の塩焼き、野菜スープ、香ばしいパン。
火加減も塩加減も完璧。
「はい、出来たぞ」
少女は渋々スープを口にする。
目を見開き、眉をわずかにひそめた後、小さく「……美味しい」と呟いた。
顔を背けるものの、心の奥では素直に喜んでいる。
「ふふ、気に入ったか?」
「別に……美味しいって言っただけです」
ぎこちないけど、確かに笑みが浮かんでいた。
片付けも二人で行う。
カイトが鍋を洗い、少女は薪を運ぶ。
無言だが、少しずつ息が合ってきた。
外には満天の星空。焚き火の光が二人の影を揺らす。
「……山奥で、少しだけ賑やかになりそうだな」
呟いた声は誰にも届かない。
だが、この夜が二人の新しい日常の始まりであることを、静かに予感させていた
奴隷の少女セレナがカイトに購入されました