第一話「山奥の隠居生活、意外と快適?」
最強の男の冒険が今始まる?
――人類最強の銃士。
大げさじゃなく、カイトはそう呼ばれていた。
まだ十七歳。
普通なら村で畑仕事を手伝ったり、学び舎に通っていたりする年頃だ。
けれど彼は、戦場に出れば百発百中。敵の技も武器も模倣してしまう特異なスキルを持ち、幾つもの国難を救ってきた。
……ただし本人はというと。
「ふぅ、今日のスープもいい感じだな」
山奥の小さな木造小屋。
そこで鍋をかき混ぜながら、少年――カイトはにっこりと笑った。
鍋の中には、川で釣った魚と畑で育てた野菜。香草の香りがふんわり漂い、思わずお腹が鳴りそうになる。
「うん、この塩加減……完璧だな!」
スプーンで味見し、カイトは自分で自分にグッドサインを送る。
料理だけは自信があった。戦場を駆け回った日々で覚えた生存術の中で、彼が一番気に入ったのが料理だったのだ。
木のテーブルにスープと焼きたての薄餅を並べ、一人の夕食が始まる。
カイトは餅をちぎってスープに浸し、嬉しそうに頬張った。
「……ああ、やっぱりうまい! これだからやめられないんだよなぁ」
味が舌いっぱいに広がり、思わずにんまり。
戦場での干し肉や硬いパンとは比べ物にならない。
それを思えば、今の生活は夢みたいだった。
「やっぱり平和が一番だな……」
カイトは小さく呟く。
もう「最強」と呼ばれるのはうんざりだった。誰かに頼られるたび、戦場に引きずり出されるのはもうごめんだ。
だから彼は、こっそり山奥に引っ込み、スローライフを始めたのだ。
食後、畑に出る。
まだまだ小さな畑だけど、芽吹いた野菜たちが元気に育っている。
「おお、順調だな。……俺、銃撃つより畑の方が向いてたりして」
苦笑しながら土をならす。
十七歳にしては老成してると言われることもあるけど、本人はただ「静かに暮らしたい」だけ。
畑仕事のあとは川へ。
魚釣りも得意になってきた。竿を振ると、あっという間に数匹が桶の中で跳ね回る。
「へっへっ、百発百中は健在っと」
自分で冗談を言って笑う。
夕暮れ。
焚き火の上で燻製を作りながら、カイトはのんびり空を見上げる。
オレンジ色の空に白い煙が溶けていく様子は、なんだか心を穏やかにしてくれた。
「……こういうの、ずっと続けばいいな」
本気でそう思った。
夜。
小屋の中、暖炉の火を眺めながら、カイトは机に突っ伏す。
「……あー……洗濯物、また溜まってる……」
部屋の隅には洗濯物の山。
掃除もあんまり得意じゃなく、埃がちらほら。
「料理は得意なのに……家事全般は全然だめだな、俺」
頭をかきむしり、ため息をつく。
便利で快適なスローライフ。――のはずが、ちょっとした不便も多い。
「……誰か手伝ってくれないかな」
小さな独り言が、薪のはぜる音に紛れて消えていく。
この何気ない言葉こそが、後にツンとした一人の少女を呼び寄せるきっかけになることを――このときのカイトはまだ知らなかった。
次回「奴隷少女」