理由のない終わり
付き合っていたあいだ、私はずっと「正しい彼女」だったと思う。
笑顔でいること。仕事とのバランスを保つこと。彼の疲れに気づき、余計なことは言わず、でもちゃんと支える。
恋人としての「あるべき姿」を、ちゃんとやっていた。少なくとも、私はそう信じていた。
でも、直人が私に別れを告げたのは、そんな日常の延長にあった。
ある金曜日の夜、私たちはいつものように夕食をとっていた。何気ない会話。今日の仕事のこと。週末の予定。
私はグラスのワインをくるくると回しながら、デザートのメニューを見ていた。ふと顔を上げたとき、彼の視線がどこにも定まっていないことに気づいた。
「……どうかした?」
そのとき、もう胸の奥に嫌な予感があった。でも、それを口に出すのが怖かった。
彼は、まっすぐ私を見て、静かに言った。
「ごめん。もう、無理かもしれない」
それが始まりで、終わりだった。
何が無理なのか、どうして今なのか。問いかけるより先に、言葉が胸の奥に詰まった。
「……何が? 私、何かした?」
「そうじゃない。何かが悪いわけじゃない。ただ……たぶん、気持ちが変わったんだと思う」
その後の記憶は、曖昧だ。
私はたぶん、笑っていた。冷静を装って「わかった」と言った。
でも頭の中は真っ白で、心のどこかで叫んでいた。
なぜ?
それだけだった。
別れて数週間後、彼に新しい彼女ができたという話を共通の知人から聞いた。
「あの子、前の彼女と全然タイプ違うよね」
「うん……ちょっと幼くて、言い方悪いけど、格下って感じ」
そう言われても、私は黙って笑うしかなかった。
本当は、同じことを思っていた。
なぜ、彼はあの子を選んだんだろう? どう見ても、私より劣っているのに。
私は、自分の価値を疑わないように必死だった。
でも、同時に気づいていた。
**「なぜ」**を考えれば考えるほど、彼の選択に理由が見つからないことに。
愛に理由なんてないのかもしれない。
でも、理由がない別れは、どうやって乗り越えたらいい?
今の恋人、優斗とは、付き合ってもうすぐ一年になる。
穏やかで優しくて、安心できる人。
けれど最近、その安心が、退屈に変わりつつある。
今日もまた、「残業で遅くなる」とだけ送られてきた短いメッセージ。
悪気がないことはわかってる。彼はいつも通り、誠実なだけだ。
けれど私は、テーブルに一人座りながら、ふと直人のことを思い出していた。
理由のない終わり。
答えのない問い。
それは、今の恋に陰を落としている。
「私、何もわかってなかったのかも……」
そう思った瞬間、胸の奥にざわりとした感情が走った。
なぜ彼が私を選ばなかったのか。
ずっとわからなかった理由が、少しだけ動き出した気がした。