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栗色の髪を一つに纏めているその娘は、命知らずにも扉を開けたかと思うと、水色の瞳でまっすぐこちらを見つめた。
図太い女。それがレグルスの抱いた、アネッタに対する評価だ。
世話係は塔の下に用意された部屋から、新聞、食事(たまに石鹸)を持って螺旋階段を上り、読み終えた新聞と食器を持って下りるの繰り返しだ。
扉には小さな引き戸が付いていて、前任者たちはそこから物を入れたり回収していた。
だというのに、このアネッタという女は懲りずに部屋に入ってきては...。
「レグルスさんは24歳なんでしたっけ?
私は16歳だから、8つ上ですね」
「今日もいい天気ですね。
洗濯物がよく乾きそうです」
「じゃーん! バザーで花瓶を買ってきたんです。
せっかくだから、花でも飾ろうかと思いまして」
一方的に話しかけてくるわ、勝手なことをしてくるわで、鬱陶しいたらありゃしない。
水をぶっかけてみようが、すぐ近くに物を投げつけてみようが、まるでへこたれる様子がない。
どこかの村、一国の軍団、さる帝国の皇族、誰彼こんなやつらを殺したと語ってみるも、アネッタの態度は相変わらず。
花瓶を割れば新しい花瓶が、花を踏み付ければ別の花が用意され、殺風景だった部屋がいささか華やかになってしまった。
「まったく、クビにされても知らないぞ」
「別に、私はただ仕事をしているだけです」
「ここまですることはないだろ。
...なあ、なんでお前は俺なんかの世話係になんてなったんだ?
生活が困窮してるのか?」
たとえば多額の借金を帳消しだとか、生家から虐待されていたとか。
なにかしらの援助を条件に仕方なくやっているのなら、まあ納得がいくのだが...。
「いえ、一般的で普通な平民暮らしです。
...強いて言うなら、毎日おやつが付きます」
「おやつ?」
「マカロン、おまんじゅう、チョコレートにタルトタタン、いろんな地方のお菓子が...」
「...」
泣く子も黙る殺戮帝の世話係をやっている理由が、おやつ。
レグルスは思わず頭を抱えた。
「レグルスさん、どうしたんですか?
...ああ、今度からレグルスさんにも分けてあげます!」
「いらねえから!」
結局、甘いものは好きじゃないと言ったら、アネッタは代わりに手料理を運んでくるようになり、レグルスの食事が様変わりしてしまった。