番外編
朝に飾った花がそのままになっていて、勝ったと浮かれていたのがマズかった。
いつものように、夕食を終えたレグルスから食器を回収したアネッタは、階段を下りようとして…足を踏み外した。
食器の割れる音、足首に走る痛み、背中に押し付けられる温もり。
恐る恐る目を開けると、酷く焦ったような、心配そうな表情で覗き込むレグルスと目が合った。
どうやら、部屋の鍵を閉め忘れていたらしい。
こんな顔もするんだなと、アネッタは一瞬見惚れた。
「…すみません。
私、お世話係なのに、逆にお世話されちゃって」
「まったくだな!」
いつもの不機嫌顔に戻り、アネッタを抱きかかえたレグルスは、両足に繋がった鎖を避けながら階段を下りていく。
食事を運ぶ時、アネッタの部屋はいつも扉を開きっぱなしにしている。
部屋に入ったレグルスは、少し辺りを見回すとアネッタをベッドに座らせた。
「救急箱は?」
「えっと、あそこの黄色の棚の、下の段の左です」
「あれだな。
…お、けっこういいのがあるな」
レグルスが救急箱から包帯とともに取り出した軟膏は、平民ならとてもじゃないが手が出せない代物だ。
太っ腹なのは雇い主か、それとも…。
「上手ですね」
「まあ、案外覚えているものだな。
…これでよし。あとは…」
応急処置を終え、レグルスはさらに滋養強壮の薬を取り出したかと思うと、キッチンから水の入ったコップを持ってきた。
「疲れが溜まってるんだろ。
こいつを飲んで今晩は休め。
後片付けは俺がやる」
言われてみれば、なんとなく体が怠い。
…どうして、この優しい人がこんな目に遭わないといけないのだろうか。
レグルスの気遣いに、アネッタは込み上げる感情を必死で抑える。
「ありがとうございます」
たとえ世界が彼の不幸を望んでも、彼自身ですらそれを望もうとも、自分だけはそれを否定する。
なんの因果か、世話係に任命されたあの日の誓いを胸に、アネッタは苦い薬を一気に飲み込んだ。




