エピローグ
「いってくる、アネッタ」
「いってらっしゃい、リグル」
あれから1年半が経った。
密かに逃がされたアネッタたちは、東にある小さな村で暮らしていた。
聖都ともアネッタの故郷とも違う文化に戸惑うこともあったが、案外なんとかやれている。
雇い主が使い魔を譲ってくれたので、アネッタはたまに家族に手紙を出している。
かなりぼかした内容にしているので、もう少し詳しく書けと返事が送られてくるが無視している。
レグルスはリグルと名を改め、髪の色は魔法で栗色に変えた。
設定としては、アネッタの従兄であり、亡き姉の婚約者でもあったということにしている。
当初は心ここにあらずで、なにも手に付かなかったリグルだったが、しばらくすると家事や村の手伝いをするようになった。
常に喪服のような黒い服を着ている姿に、怪訝そうな顔をしていた村の人も、今では働き手として重宝しているようだ。
それでも、リグルはぼんやりとしていることが多い。
天気のいい日は、アネッタはなるべくそっとしておくことにしている。
喪失による心の傷は、簡単に癒えるものではないから。
「アネッタ...せっかくだから、一緒にピクニックはどうだ?」
「...? 別にいいけど」
その日、珍しく黒以外の服を着ているリグルに誘われるがままに、アネッタがやって来たのは大きな池だった。
「見て! 花があんなに咲いてる」
泥の中から美しく咲く花。
ピンクの花びらがいくつか重なっているその花が、池を彩っていた。
ちなみに、アネッタが買ったあの置物は、今もレグルスの部屋に飾られている。
「本当にきれいな花だよね。
リグルが好きなのもわかる」
「...本当は、そんな花があるって聞いただけだった。
なんだか、あの人みたいだなって。
けど、アネッタがあの置物を必死で探してきてくれたんだと思うと、ますます愛おしく思えるようになった」
「...リグル?」
リグルに握らされたものをアネッタが覗いてみると、それはペンダントだった。
石に紐を通しただけの簡単なものだが、丁寧に磨かれたそれは日の光を反射して蒼く輝いていた。
「アネッタ、ずいぶんと待たせてしまったけど...俺と、生きてくれるか?」
「...」
その言葉の意味をようやく悟ると、アネッタの目から涙がこぼれた。
「...そんなに嫌か?」
「バカ! 離してあげないんだから、覚悟してよね!」
勢いあまってリグルを押し倒すアネッタ。
起き上がって、二人そろって笑うと、ゆっくりと唇を合わせていった。
聖王クラウディアの死は側近によって秘匿され続け、70歳でその生涯を終えたと公表された。
彼女の葬式のあと公演された、聖王クラウディアと殺戮帝レグルスの非恋物語が多くの涙を誘っていることを、孫を抱き上げている彼は知る由もない。




