09
よろしくお願いいたします。
次の日、ベラは竜化したルノフェーリに乗って森の奥へ連れて行ってもらった。
なお、方向は乗ったまま指示した。
人の足で行くのは厳しいほどの奥地に、10メートル級の魔獣がいたので、二人で嬉々として狩った。
次の取引で使えるからだ。
そこから少し遠出をして、もう一体10メートル級の魔獣を討伐した。こちらはなんと火属性の魔獣だったので、属性のない魔石と比べれば価値としては倍近い。
とても有意義な狩りだった。
ちなみに、帰ろうとしたときに、ルノフェーリは来た方向と真逆を向いて飛ぼうとした。
当然、ベラが軌道修正した。
夕方になって、ブッドラ公爵領の領都に戻った。
歩けば数日かかる場所も、飛べば一時間とかからない。
少し時間もあるし、街を見てみようということで、関所の近くに降り立った。
当然ルノフェーリは竜化したままである。
ものすごく遠巻きにされた。
話がすごい速さで広まったらしく、人化してもルノフェーリは恐る恐る見られ、ちょっとした買い物でも店主は顔色を変える始末。
ちらちらとルノフェーリを見つつも、会話はベラを通して行われた。
「絶対、ベラの方が危険なのに……」
ルノフェーリは、歩いていただけで献上された果物を片手に肩を落とした。
あの店主はかなり真剣な表情をしていたので、あれは正しく献上である。
「いや竜なら完全にルノでしょ。それに、普通の人に魔力なんて感じられないからね。竜で来ちゃったのを見られてたんだから仕方ないわよ。石を投げられるとか何も売ってもらえないとか、そういう酷い扱いよりマシじゃない?」
おまけでベラも果物をもらったので、かじりながら歩く。
甘酸っぱい果実は、良い香りが鼻に抜けてとても美味しい。
「適当!腫れ物に触るような対応をされると、若干傷つくんだよ」
「いいじゃない、別に。さげすまれるよりは」
「そりゃあそうだろうけど」
うじうじと言うルノフェーリは、果物をそっと撫でた。
「でも、こうなるとベラが普通に買い物できないだろ」
しょぼんとして言ったのはそれだった。
どうやらベラが買い物をしたいと言っていたのにできないのを気にしているようだ。
「大丈夫!明日一人で来るから」
「え、俺は?」
「一緒に来たら意味がないじゃない。買い物したければ、ルノも一人で来ればいいでしょうに」
「冷たい!」
「大人なんだから、買い物くらい一人でしなさいよ」
「そうなんだけどね。俺、多分買い物できない」
「なんでよ」
「お屋敷から出てお店のある場所に来られる気がしない。万が一来られたとして、屋敷に戻れるとも思えない。多分俺、気づいたらフルーツィーラ王国とかにいるよ」
そう言われたベラは、否定しようとして口を閉ざした。
あせって竜化して飛んだ結果、別の国に行くなんていう壮大な迷子化が容易に想像できたからだ。
「そうだった。ルノを放置したら行方不明になりそうね。あの屋敷でも迷子になってたくらいだし」
昨晩、夕食をいただいてから用意された客室に戻るとき、ルノフェーリは当たり前のように違う方向に歩いていこうとした。
確かに大きな建造物だが、わりとわかりやすい目印もあるのに間違えるらしい。
「謎だよねぇ」
「いや自分のことでしょうが」
ルノフェーリ一人で留守番をさせるのもそこはかとなく不安である。
仕方がないので、明日も一緒に行動することにした。
若干遠巻きにされつつもなんとか買い物をし、暇なので街をぶらついていたら妙な動きをする男たちを見つけた。
「ルノ、あれなんだと思う?」
「ふぇ?」
食べ歩きを堪能していたルノフェーリは、肉串にかぶりついたままベラが指さした方をみた。
「今どっか行ったけど、私たちがつけられてない?下手くそだけど、多分」
「んん。ぶっほいふぁえ」
「いや食べてからしゃべって」
ごくん、と口の中を飲み込んでから、改めてルノフェーリは口を開いた。
「ずっといたね。竜が珍しいのかと思ってそのままにしてたんだけど」
「おっと、危機感ゼロだった」
「え?だって危険なんか全然ないよ」
「そうだったこいつ竜だからヒトのあれこれとか怖さゼロだわそよ風なんだわ」
「こいつとか言わないで。あと、ベラのやることは割と怖いよ」
ルノフェーリは、眉を下げた。
「私を基準にすんな。ルノ、一応危機感は持って。最近は財布にお金入ってるでしょ」
「お金?まぁ、ベラのおかげで少しは持ってるけど」
「ルノみたいに無防備に持ってる財布を掏る泥棒もいるってこと。あれはもうちょっと手が込んでるだろうけど」
「手が込んだ掏り?」
はて、とルノフェーリが首をかしげたとき、二人の前方で騒ぎが起こった。
悲鳴が響き、避けるような動きをする人の頭が見える。
その向こうから、御者のいない馬車がこちらに向かって走ってきた。
暴走を止めるものがいないので、馬はがむしゃらに地を蹴っている。
「避けろー!」
「道に出るなよ!!」
「あっちは噴水広場だぞ?!」
「きゃああああ!」
一応馬車も通るようだが、ほぼ歩く人ばかりの道だ。
今のところまだ轢かれた人はいないようだが、噴水のある場所は屋台も多く、当然人も多い。
「ルノ」
「わかった」
ベラに目配せされたルノフェーリは、こくりとうなずいた。
そして、その場に仁王立ちして構えたベラの前に出たルノフェーリは、一気に竜化した。
急に圧倒的捕食者を前にした馬は、気絶した。
市場通りは、さらなる混乱に見舞われた。
「ちょっと!なんであんたが前に出てんのよ!!私に任せて下がってろって意味だったのに!」
『えぇ……?俺に何とかしろって意味じゃなかったの?』
「違うし邪魔だから縮みなさい!!」
『邪魔』
しょぼん、と肩を下げた藍色の竜は、するすると人型のルノフェーリになった。
「まぁいいわ。このまま待ってて。動いちゃだめよ。いいわね?!」
「わ、わかった」
ベラがすごい剣幕で言うので、ルノフェーリは肯定する以外の答えを持たなかった。
「り、竜様。ありがとうございます」
所在なくただ立ち尽くすルノフェーリに、近くの商店の主らしい男性が話しかけてきた。
「いえ、確かに突然竜になってびっくりしましたよね。すみません」
「そんな、その、助けてくださったんですよね。良ければ、こちらで座ってお待ちください」
男性が示してくれたのは、店先のベンチだった。
「でもその、動かないように言われたので」
「道の真ん中は邪魔になるし、馬車の片付けもあるから。ほら、遠慮せずにどうぞ」
その商店から女性が出てきて、ルノフェーリの腕を引いた。
おばちゃんは強い。
「すみません、ありがとうございます」
「いいからいいから。飴ちゃんでも食べる?」
「あ、いただきます」
ルノフェーリは、店先で餌付けされることになった。
一方ベラは、路地裏に走りこんで男を追いかけていた。
とはいっても、ベラ自身は屋根に上がって見下ろしながら追っているので、彼は単独で逃げているつもりだろう。
周りを見ながら走っていた男は、ぐるぐる走っていたのをやめ、今度は目的を持ってある場所を目指した。
着いた先は、使われていないらしい倉庫。
きょろきょろと周りを見ながら倉庫に入った男を追って、ベラはその倉庫の屋根に飛び移った。
読了ありがとうございました。
続きます。