06
よろしくお願いいたします。
「じゃあ改めて、乾杯」
「よろしく、ベラ。乾杯」
食堂に移動して、二人は乾杯した。
高級宿の食堂は照明や家具、食器類にいたるまですべて高級品である。
部屋でも食べられるらしいが、気分を変えたかったので食堂を選んだのだ。
「それで、次はレオンジ帝国のどこに行く予定だったの?」
ベラの目の前には、大きなステーキがあった。
対するルノフェーリの前には、特大サイズのステーキが二枚。
大きめに切って口に放り込んだルノフェーリは、美味しそうに咀嚼しながらうなずいた。
高級宿だからか、ベラにシールドを張られてへこんだからか、食べながらしゃべるのはやめたようだ。
「ん。あぁ美味しい。えっとね、確かブッドラっていう街の領主が、オークションで逆鱗を手に入れたって二十年くらい前に聞いたんだ」
「情報の鮮度」
ベラが突っ込むと、ルノフェーリは首をかしげながら大きく切ったステーキをもう一度ほおばった。
減りが早い。
「まぁ、ほとんどの場合は家宝にしてるから大丈夫、かな?手掛かりはあるだろうから、とりあえず目的地はブッドラね。どうやって交渉するの?」
ベラとしては、二十年もあれば売り払われている可能性もあると思ってそう言ったが、売却先がわかれば上々だろう。
「んん。……むんぐん。大体が、珍しい素材として持ってるから、大きめの魔石と交換してもらうんだ。一応、逆鱗も魔石みたいに魔力を溜める効果があるんだよね。だから、もっとたくさん溜められる魔石とならまぁ交換してもらいやすい、かな?見た目も魔石の方が綺麗だし」
確かに、小さな黒っぽい欠片よりも、宝石のような魔石の方が見た目に楽しい。珍しさで言えば完全に逆鱗の勝ちだが、華はない。
「じゃあ、交渉はルノができるってことでいい?」
「んむ。ん、大丈夫」
頷いたルノフェーリの皿から、ステーキが消えた。
「魔石は持ってるの?」
「ううん。道中適当な森とかで調達する。奥の方に行けば、大きな魔獣がいるから」
「大きい魔石を狙って採取するのね」
「そうそう」
軽く話しているが、普通ならあり得ないことだ。
冒険者のレベルとしては、竜ということを加味して下から二番目のDランクスタートだが、実際の実力はベラよりも上だろう。
彼の実力は、竜独特の、大らかというか穏やかというか、非好戦的な性格ゆえに暴力性が隠れていてわかりにくい。
うっすらつながりのようなものを感じるベラの感覚では、本気のルノフェーリには絶対敵わないだろうと理解していた。
だから、人類未踏と言えそうな山の奥の魔獣しかいないような場所でも、余裕で狩りをしていた。
「切るわ!」
「押さえるよ」
大剣を羽のように振り回すベラが上空へ跳び、10メートルを超えるサイズの魔獣の首に狙いを定めた。
ルノフェーリは補助として、魔獣を魔法で押さえつけていた。
そのひと振りは、早すぎて風音しか聞こえなかった。
ずるり、と魔獣の首がずれて落ち、そのまま黒い煙になって消えていった。
残ったのは、10センチほどの魔石だ。
透明なので属性はない。
しかし、大きいうえに透明度が高いので、かなり貴重なものである。
「ふぅ。これ一個でいい?あと二・三個くらい収集する?」
「うーん、このサイズの魔獣はもうこのへんにいないから、街道の方に向かう途中で見かけたらっていう程度でいいかな」
「了解。じゃあ、クズ魔石はギルドに売って旅費にしよう」
「わかった」
クズ魔石、と言うが、それは大多数の冒険者の収入源だ。
3メートルを超える魔獣は複数人のパーティで対応するレベルの相手だし、その魔獣が落とす3センチサイズの魔石は4人で分けても一人が普通に一週間生活するのに十分な価格になる。
ソロなら、一人で1メートルサイズの魔獣を毎週倒せば暮らしていける。
命を張る仕事だが、実力さえあれば実入りのいい仕事なのだ。
ただ、Aランクを超える冒険者はレベルが違う。
今回討伐した10メートルの魔獣などは、国が災害指定して討伐隊を組むのが普通なのだ。
しかしAランクのベラは、準備さえすればそれくらいはソロで対処できる。
ルノフェーリも、当然ながら余裕で一人で討伐できるだろう。
そこで、ベラはふと思った。
「ねぇルノ」
「ん?なに?」
「ルノってさ、今は人型で戦ってたけど、竜になった方が早いんじゃないの?」
これだ。
成人した竜は5~8メートルほどの体長になるし、力の大きさも段違いのはずだ。
それを聞いたルノフェーリは、頭を掻いて苦笑した。
「俺もそう思って、はじめのころはそうしてたんだ」
「ダメだったの?」
「うん。力が強すぎてね、魔石ごと爆散しちゃう。ただ討伐するだけならいいんだけど、魔石が欲しいのに消し飛ばすのは無駄骨っていうか」
「え、マジで」
思ったよりもバイオレンスな理由だった。
「マジで。だから、魔獣は竜の姿を見たら一瞬で逃げるもん」
「なるほど。でも今はそんなことないのよね」
「人型になるときに、魔力が漏れないように偽装してるんだ。強い魔力は、それだけで魔法を使える人を威圧するみたいだから」
「へぇー。器用ね」
「ひととは会話できるからね。誰もかれもを脅かしたいわけじゃないんだ」
つまり、竜にとって周りにいる生物は弱すぎて、まともに相手をしたら殲滅してしまうのだろう。
だからきっと、恐怖なんて感じたこともなく穏やかに生きている。
実力が違いすぎるので、もはや同じ生物と分類していいのかどうかもわからない。
「私、良く生きてたわね」
「ほんとそれ!多分、そのときはベラが無自覚に全身がっつり身体強化してたんだと思うよ。だから、慌てて力加減なんて何もしてない竜の爪でも大ケガ程度で済んだんだろうね」
のんびりと会話しながら、数メートルサイズの魔獣を片手間に屠りつつ街道を目指して歩く二人。
特に示し合わせたわけでもないのに息がぴったりで、ベラは内心驚いていた。
「人型になると、力が弱くなるからちょうどいいかな。魔法も繊細に使えるようになるんだ。人間って便利だよね」
「人間のくくりが雑。そういえば、今のルノってヒト族の見た目だけど、獣人とかエルフとかにはなれないの?」
竜が人化するなら、むしろ獣人になりそうなものだ。
ベラの質問に、魔石を拾ったルノフェーリが答えた。
「別にどの種族でもなれるんだけど、何となくヒト族になって、それからはそのままだよ。理由はよくわかんない」
「ふぅん。どの姿にでもなれるなら、スパイし放題じゃない」
「スパイ?するくらいなら、正面突破して全部潰した方が早いと思うよ」
「脳筋すぎる」
ベラも自覚はあるが、ルノフェーリはごく自然体でそうらしい。
自分にできるかどうか自信はないものの、何となくベラが制御してあげた方がいいような気がした。
見た目がくたびれた冒険者であっても、彼は人外の竜なのだ。
特に、貴族がルノフェーリの逆鱗を持っているなら、交渉はきちんと段階を踏んで平和的にした方がいいだろう。
街の商人ギルドなどに協力を願ってもいいかな、と思っていたベラだったが、ルノフェーリは簡単にその思惑を蹴散らしてきた。
『俺の逆鱗を持っているだろう。返してくれ』
「ひぃえぇぇぇぇっ!!い、命だけはお助けをっ」
藍色の竜は、ブッドラの領主館の前に突然現れ、恐ろしい量の魔力もだだもれのままシンプルに脅したのである。
本人は交渉のつもりらしい。
かっこいい竜の姿にちょっぴりときめいたベラは、一瞬でジト目になった。
読了ありがとうございました。
続きます。