05
よろしくお願いいたします。
ベラは、プイレナの冒険者ギルドで山賊の檻を引き渡した。
「これ、丸ごと買い取りお願い」
「買い取りって素材じゃないんだから」
「えー、あ!この手配書にある一団ですね。では、こちらのレートでお支払いしますので」
確認に出てきたギルドの職員は、分厚い手配書をめくってうなずいた。
手配書には、それぞれの価格が書いてあった。
「やった!結構いい値段になるじゃない」
ベラは金額を確認して嬉しそうに手を打った。
「やっぱり素材だったか」
ルノフェーリのツッコミは空中に溶けた。
「あ!すみません!その、この檻に何か魔法でもかかってますか?」
ほかの職員も出てきて彼らを運ぼうとしたところで、ベラに声をかけてきた。
どうやら、檻を開けられないようだ。
「ごめん、忘れてた。えーっと、二時間ごとに掃除する魔法と、檻の中を密閉する魔法と、空気を上から入れ替える魔法と、防音する魔法、だったかな」
「え、そんなにたくさんかけてたの?」
ルノフェーリは目をむいた。
「うん。汚いと後で掃除がめんどくさいし、臭いのもうるさいのも嫌じゃない?だからって殺すよりは強制労働でもさせた方が役に立つだろうから、生け捕りにしたわけ」
「生け捕り素材」
ぐったりしていた山賊たちは、檻にかかった魔法が解けたのに気付いたらしい。
「うっ、うっ、おれ、生きてる」
「ありがてぇ、ありがてぇよ」
「まま、ま魔女、怖ぇっ!早く!早く牢屋に連れてってくれ」
彼らは一様に大人しくなっており、一部は極端にベラを怖がっていた。
檻の扉を開けた職員が一人ひとりに拘束魔法をかけ、ギルドの牢屋へと連行していった。
「失礼なやつらね」
「それ以上はやめたげて」
む、と唇を突き出したベラの肩を、ルノフェーリがポンと叩いた。
改めて冒険者ギルドの建物に入り、窓口で報奨金を受け取った。
ベラは、そのままルノフェーリの登録も頼んだ。
「あと、こっちの人の登録もお願い。あ、竜だから、長命種で登録して。そういうのあったわよね」
「えっ!!待って待って?!カミングアウト早すぎ!てか、唐突に俺が竜とか信じてもらえないんじゃないかな」
ルノフェーリは焦って首を横に振った。
「まぁめずらしい!私、ここに勤めて20年超えるんですけど、竜種の方の登録は初めてです。では、この紙に記入してください」
受付のお姉さんは、普通に書類を取り出した。
「あっ、そういう感じ?」
拍子抜けしたルノフェーリは、力の入っていた肩を落とした。
「Aランクのベラさんの言うことですからね。神様ですって言われたらさすがに笑い飛ばしますが、竜ならあり得ますよ。それに、種族は登録のときには偽証できませんから。さ、こちらです」
ベラは、最高位に近いAランクの冒険者だった。
Aランク入りするには、魔獣の討伐数ももちろんだが、盗賊や山賊の討伐数、護衛任務の成功や指名依頼、複数のギルド長からの推薦といった様々な条件がある。
礼儀作法や一般知識といったテストまであるそうだ。
それを乗り越えたということで、Aランクを持っているだけで信頼性が高いのだ。
もちろんルノフェーリもそういったことはわかっていたが、それでもベラを眺めてしまった。
理不尽……もとい、自由であることは特に枷にはならないらしい。
竜は、とても珍しいがいないことはない。
ヒトより少し寿命の長い獣人も北のドシー王国を中心にして普通にいるし、エルフも数少ないながら存在する。
竜が珍しいのは、絶対数が少ないのに、自由人ばかりで組織に所属することがほとんどないからだ。
渡されたのは、普通の紙ではなく若干ごわついた羊皮紙だった。
多分、長持ちするからだろう。
「はい、ではこちらのカードを持って、この魔道具にかざしてください。……はい、登録完了です。種族も間違いありません。ルノフェーリさんの魔力で冒険者ギルドに情報登録しましたので、今度からこのカードをお持ちください。細かい説明は、ベラさんにお願いしていいですか?」
ベラは、こくりとうなずいた。
「ん、大丈夫。いろいろ教えながらランク上げするから」
「では、お願いしますね」
「パーティ登録も頼みたいんだけど」
「かしこまりました。お二人でよろしいですか?」
「ええ」
「……承りました。お二人のカードをこちらにお願いします」
ルノフェーリがCランクになるまでは、ベラが指導員という立場になる形でパーティになった。
「多分、すぐCランクに上がるでしょ」
「だったらいいなぁ」
昼間とはいえ、ギルドにはぽつぽつ人がいる。
人間が多いものの獣人もいる。
けれども、さすがに竜はめずらしいのだろう、視線が集まっていた。
「じゃ、宿取りに行こう。そこで休憩しながら説明するから」
「わかった」
注目され慣れていないのか、ルノフェーリは若干挙動不審になりながらベラについて行った。
ベラは、大通り沿いにあるちょっといい宿に入った。
山賊の財産を回収したので、今回は少し贅沢すると決めていたのだ。
部屋も良いものにした。
ルノフェーリが一緒なので、寝室が二つあり、共通のリビングとシャワー室までついているタイプだ。
リビングのソファに落ち着き、ウェルカムドリンクの果実酒を一口飲んでから、ベラはルノフェーリにも座るように言った。
「でも、なんか、ソファを汚す気がする」
ルノフェーリは、自分の薄汚れたローブを身体に巻き付けて所在なさげに立っていた。
対するベラはというと、特に気にもせずに旅姿のままソファに身体を投げ出していた。
しかし、そう言われれば確かに汚れるかもしれない。
「じゃあ、綺麗にすればいいじゃない」
「え?」
ベラは、空いた左手をくるくるっと回して魔法を行使した。
旅をするようになってから重宝している魔法だ。
魔法が終わると、ベラもルノフェーリも、服と靴と身体と、全身がピカピカになっていた。
「はぁさっぱり。シャワーとかお風呂とは違うけど、汚れが落ちるとすっきりするわぁ」
「今の、何の魔法?初めて見たんだけど」
ルノフェーリは、サラサラになった髪を触ったり汚れの落ちたローブを広げたりと忙しくしながら聞いた。
「掃除魔法の応用よ。掃除って、部屋の埃をまとめてカビとか汚れを取るでしょ。あれを、服と体に使ったの。やり過ぎたら肌がかっぴかぴ、服もぼろぼろになるけど、ちゃんと上手くバランスとったらこういう感じになるわけ」
「すっご。え、こんな魔法の使い方思いつかなかった」
「そう?だってほら、旅してたら全然水浴びできない場所とかもあるでしょ?そしたらどうしても匂いがきつくなったり髪がべったべたになったりするじゃない。しばらくは我慢してたんだけど、唐突に無理になってね。さすがに温厚な私もブチギレたの」
「温厚ってどういうのだっけ……。で、ブチギレたら新しい魔法ができたと」
「そういうこと」
なんとなく、ルノフェーリはベラのことが理解できてきた。
「ん?じゃあ、あの山賊たちには」
「檻の中は掃除してあげたわよ。それ以上はめんどくさい」
「ここまでの旅の途中は」
「色々魔法使ってたから」
「本当は?」
「めんどくさい」
「もしかして、ちょっと制御が大変だったりする?」
首をかしげるルノフェーリに、ベラは呆れたように言った。
「そう言ってるじゃない。バランスとるのが大変なの。季節によってもちょっとずつ変わるし」
「ふぅん。それじゃあ、今度教えてくれる?便利そうだし、俺も使いたい」
「いいけど、失敗したら肌荒れするわよ」
「俺、こう見えても竜だから、肌とか丈夫だし」
「そういえばそっか」
ふと、人化していたら竜でも人と同じなのでは、と思ったが、そのあたりの構造は謎なので、ベラは黙って果実酒を煽った。
「あっ?!俺の分は?!」
「ん?美味しかった」
「ひ、酷いぃ」
「冗談だって。あっちの冷却魔道具の中に入ってるわ」
「うぅ、探してくる……」
ルノフェーリは、からかうと楽しい。
読了ありがとうございました。
続きます。