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よろしくお願いいたします。
ベラが起きると、ルノフェーリはいなかった。
鞄は置いてあったので、すぐに戻ってくるだろう。
「んー……よく寝た」
ベッドの上でぎゅっと伸びをしたベラは、すぱっと起き上がった。
そのまま歩いて窓の鎧戸を開けると、雲がほとんどない空が広がっていた。
やっぱり、逆鱗の魔力は感じられなかった。
着替え終わると、ちょうどルノフェーリが戻って来た。
「あ、おかえり。散歩でも行ってたの?」
「ただいま、……」
部屋に入り、何か言いかけたルノフェーリは固まった。
返事が止まったので、ベラは思わず自分の服を見下ろした。
前の露天風呂のときと違い、ちゃんと全部着ている。
振り返ると、ルノフェーリはじいっとベラを見つめていた。
「どうかした?」
「あ、ううん。シャワー行ってた」
「そう。よく戻ってこれたわね」
「妙な信頼性が高すぎる。いやいや、さすがにシャワー室がすぐそこだし、部屋番号もわかってたら迷わないよ」
「それなら良かったけど」
本当はちょっとシャワー室を探してうろついたのだが、ルノフェーリは賢く黙っていた。
チェックアウトして市場で朝食をとってから、ルノフェーリの指し示す方向へと足を進めた。
早々に街道から逸れて山の方へ向かい、そして道なき道をどんどん登っていった。
ルノフェーリが気配を探って進むので、ベラは後ろからついて行くだけだ。
少しずつ登っていくにつれ、傾斜が急になっていく。
ベラもルノフェーリも平気で登っていくし、魔獣が出ても大体ワンパンだが、普通はこんなところに人は入ってこないだろう。
つまり、逆鱗の欠片はそのへんに転がっている可能性が高い。
「かなり近くなってきたから、そろそろだと思う」
「うーん、私はまだよくわからないわ」
「かなり小さい欠片みたい。もう少し登ったらわかるかもしれない」
「わかった」
二人とも、全然息は切れていない。
「あ、魔獣発見」
「逃がすかっ!今度は私の番だからね!」
「わかったよ」
魔獣討伐は、交代制であった。
さらに登ったところで、ルノフェーリは立ち止まった。
少しだけ木の高さが低くなり、山を登ってきたのがわかる。
目の前には、周りと違って、やけに細く若い木だけが集まったところがあった。
「ここ?」
「多分。なんか、何十年か前に爆発でもしたんじゃないかな」
「それっぽいわね」
その部分だけ地面が低くなっているので、可能性は高い。
ベラが一歩足を進めた。
「魔獣がうっかり飲みこんだのかしら」
「あり得ないとは言い切れないけど、竜の鱗は怖がって誰も飲まないと思うよ」
「でも、人が来る場所でもないし」
「うーん。魔獣が近づいただけで爆発した可能性もなくはないかも」
「そっか、魔力に反応するんだっけ」
ルノフェーリはうなずき、足元を探りながら歩いていく。
しばらく小枝や葉を避けつつ探して歩いていると、ベラが叫んだ。
「ルノ!この辺にありそう!」
「どこどこ?」
ベラは、一本の若い木の下に立っていた。
「ここに立ったら、逆鱗の魔力がちょっとだけわかる」
「そこ?あ、本当だ。えっと……地面だね」
ルノフェーリが足もとを見ると、ベラも同じように見下ろした。
魔法でがさがさと葉をよけたり土を掘ったりして、探すこと数分。
「あった、今落ちた土の中だ」
掘って避けた土に手を突っ込んだルノフェーリが、ぱらぱらと土を探っていく。
「あ」
「これだ」
見つけたのは、ほんの3ミリ程度の小さな欠片だった。
「よくまぁこんな小さいものを判別できるわね」
「俺も不思議。でもなんかこう、つながり?みたいなものがわかる感じがするんだ」
「ふぅん」
ルノフェーリは、収納袋から逆鱗の欠片を取り出し、見つけた欠片を近づけた。
ピタリとくっついたとたん、継ぎ目が無くなって一つの欠片になった。
「よし。じゃあ次だ」
「はいはい」
やる気みなぎるルノフェーリは、やっぱりくたびれた冒険者にしか見えなかった。
次の場所へ移動する途中にも、街や村の宿に泊まると気づけば抱き込まれていることが増えた。
ルノフェーリは逆鱗探しに必死らしく、休日を設けることなく旅を続けている。
三ヶ所目で欠片を見つけて手持ちの逆鱗とくっつけ、嬉しそうに笑ったルノフェーリを見て、ベラは何となく思った。
(なんだこいつ可愛いな)
このところは、徒歩で移動するときは「絶対迷うから」といって手をつなぐのが当たり前になっていた。
宿ではツインベッドの部屋を取っていても、ふと夜中に目が開くと、必ず背中にルノフェーリの熱があった。
けれども、朝起きたら彼は自分のベッドに戻っている。
どうやらバレていないと思っているらしい。
宿や店でのやりとりは、最近ほとんどルノフェーリが対応していた。
「ベラの手を煩わせたくない、ていうか男が多いからちょっと」
ぼそりと言った後半の声も、ベラはきっちり拾った。
あれもこれも。
ベラは、あまり自分に覚えはなかったが、弟妹や村の人たちの赤裸々な話を色々と聞いてきたので知っていた。
女は、男を可愛いと思ったらもう落ちたも同然なのだ。
村も町も遠く、野宿を選択したその夜。
ベラは、ルノフェーリにとあることを打ち明けることにした。
「私の名前、呪いがかかってるって言ったでしょ」
「そうだったっけ。ずっとベラって呼んでるから忘れてたな」
パチッと薪がはじけた。
「呪いを、自分で自分にかけてるらしいってことはわかってるのよ」
「それで、どういう呪い?名前を知っただけって結構条件緩いから色々あったんじゃない?」
ルノフェーリが聞くと、ベラはうなずいた。
「私の名前を知った他人が、私の言うなりになるの」
「言うなり?」
「最初の被害者兼被験者は領主よ。泣きながら土下座してる領主を血まみれで脅し……説得したあとで、『うちは被害者なんだから慰謝料を寄こせ』『領民を愛人にするな』『奥方に謝り倒して許してもらえ』とかそういう要求を言ってうなずかせて帰ったわけよ」
「うん」
「そもそも、何の文句もなくうなずいて了承したところからすでに呪いだったわけ」
「あー」
炎を見るベラには特に何の表情も浮かんでいない。
「そしたら、私の適当な要求が全部通ったの」
「全部?」
「そう。前から無理やり囲ってた愛人が開放されて、奥方に謝り倒して、うちに慰謝料が支払われた」
「おぉ……」
「私がルノの眷属になったんだろうって教えてくれた魔法使いは、ブチ切れたときの思考がそのまま呪いに変換されたんだろうって言ってたわ」
「無意識に発動しちゃった系か」
「うん。その当時はわからなかったから、領主で検証したのよね」
「うわぁ」
思い出すように、ベラは頬に手を当てた。
「領民のいる前で跪かせて泣き土下座を晒させて『これからは酷いことをしません』って言わせたり」
「おぉ」
「釣り上げていた税金を下げさせたり」
「うんうん」
「道の真ん中でベラ様神様女神様って言わせて鳴き土下座させたり」
「お、ぉぅ」
「領地のお祭りで下手くそな歌をフルコーラス歌わせたり」
「わぉ」
「奥方に頼まれて、無理やり運動させて痩せさせたり」
「あぁ……」
「まあ色々やってみて、大体の内容はわかったのよね」
「可哀そう」
内容よりも、尊厳をゴリゴリ削るタイプの命令に、ルノフェーリは思わず合掌した。
「わかったのが、私の名前を知っていたら命令に従うってやつ。いうことを聞くまで、本人は泣きながら土下座しかできないの。あとは、直接・間接は関係なく私に危害を加えることもできないみたいでね」
「そっか。それじゃあ、家族とか村の人たちとかは大丈夫だったの?」
「私に対して悪意を持ってなかったら、なんともなかったわ」
「悪意を持ってたら?」
「泣き土下座で言うなり」
「怖っ!」
「私には、そういう呪いがかかってるの」
「うーん……ベラが自分で自分に掛けたものだよね?だったら、自分で解くか、呪い解きの専門家に頼むか、強大な魔力でぶち破れば呪いは消えると思うよ」
「自分ではよくわからなくて解けないと思うわ。呪い解きの専門家は探すのがめんどくさいかも。あのときの魔法使い曰く、感情のままに掛けたものだから普通の呪いとはちょっと違うって」
「じゃあ、強大な魔力で内側から壊すのが早いかな」
「強大な魔力ねぇ」
「そう。竜みたいな」
「ルノみたいな」
ベラとルノフェーリは、焚火を挟んで見つめ合った。
読了ありがとうございました。
続きます。




