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よろしくお願いいたします。
2人が案内されたのは、コロッタ伯爵領で泊まったスイートルームよりも豪華な客室だった。
家具が高級なうえ、部屋からの眺めもいい。
寝室は4つあり、キングサイズの天蓋付きベッドがドンと置いてある。
リビングにダイニング、トイレはもちろん、広い浴槽のあるお風呂まで設置されていた。
メイドさんによると、外国の貴族などの賓客を泊めることのある部屋だという。
「すごい、広くて豪華。あっちの寝室使ってもいい?」
「いいよ。俺はこっち」
「ご自由にお使いください。晩餐は、こちらのダイニングにご用意いたします。そろそろ夕刻ですが、入浴なさいますか?それとも、庭を散策なさいますか?」
部屋つきになったメイドさんはベテランらしく、ルノフェーリを前にしても動揺がない。
歴戦の戦士めいた空気感がある。
「それじゃあ、私はお風呂をもらおうかな。お湯につかるなんて何年振りかわからないし」
「かしこまりました」
「俺は部屋でごろごろしてる。ベラがあがったら、俺も風呂」
「かしこまりました」
メイドさんは、礼をするのもとても綺麗だった。
お風呂は、とても素晴らしかった。
介助を申し出てくれたが、ベラは断った。
頬から首に見える傷は、腹の方まで続いているのだ。
別に見せても何とも思わないものの、見て気分のいいものでもない。
お城のお風呂は、石鹸まで上等だった。
ほんのり花の香りがしたし、泡立ちもきめ細かい。
思わず石鹸で遊んでしまった。
ほこほこしながら出てきて、ルノフェーリと交代した。
メイドさんが冷やした果実酒を出してくれたので、ありがたくもらう。
「至れり尽くせりってこのことね。ありがとう」
「とんでもございません」
ソファにふんぞり返ったベラは、お酒とおつまみを堪能した。
ルノフェーリが風呂から出てくると、着替えが用意されていた。
先ほどベラが着ていたワンピース型のものとは違う、シャツとズボンに分かれたタイプの部屋着だ。
袖を通すと、今まで着たことのない肌触りで驚いた。
魔法で髪を乾かしてからリビングに戻ると、ベラはすでに晩酌を始めていた。
「ベラ、飲んでからご飯食べれるの?」
「平気。むしろ、飲んだ方が食べれる説ある」
「なるほどね」
「ルノフェーリ様も、果実酒になさいますか?ほかに、冷やした水や果実水、紅茶などもございます」
「じゃあ、俺は果実水で」
「かしこまりました。座ってお待ちください」
ルノフェーリはベラの向かい側に座った。
酒が美味しいのか、それとも酔っているのか、ベラは上機嫌である。
用意してもらったオレンジの果実水は、とてもさっぱりしていて飲みやすかった。
しばらくして晩餐のために着替えを、と言われた。
「え、ご飯のために着替えるの?」
「晩餐ですから」
メイドさんは、なにやら飾りのついた布を持ってにこやかに押してくる。
ルノフェーリは負けそうになっていた。
「そんなの、適当でいいのに。でもまぁ、これは寝間着よね。私たち二人だけでしょ?なら堅苦しいのはなしで、私は簡単なドレス、ルノはシャツとトラウザーズくらいでいいわ」
「かしこまりました。では、シンプルなものをご用意いたしましょう」
表情は変わらないはずなのに、メイドさんは若干残念そうに見えた。
ルノフェーリは白いシャツに黒いトラウザーズ、ベラは青いワンピースドレスを着てダイニングに向かった。
着替えを手伝ってくれるメイドさんまでやってきて、ルノフェーリは恐縮してしまった。
というか、ズボンくらい履けるので、ちょっと髪を整えてもらった程度だ。
ベラは、今まで見たことのない髪型をしていた。
複雑に結い上げて、キラキラした飾りが艶やかな栗色の髪をひき立てていた。
「なんかベラ、華やかだね」
「あら、ルノも綺麗にしてもらったじゃない」
ほわん、とほほ笑んだベラは美しかった。
晩餐、というだけあって、食事はとても豪華だった。
前菜に野菜と新鮮な魚が使われていて、知らない味なのに美味しかった。
ワインも多分高級品で、香りがとてもよかったし、肉も柔らかくてジューシー。
ぱくぱくと食べるルノフェーリの前で、ベラはニコニコと食べきり、おかわりまでしていた。
―― なんか、今日のベラはちょっと可愛い気がするな。
ふとそう思ってから、ルノフェーリは首をかしげた。
彼女が酔っぱらっているからだろうか。
それとも、自分が酔っているのか。
少し考えたが、思いついた答えに自分でうなずいた。
ご機嫌でご飯を食べてるからだ、と。
これまでも、こんなふうに楽しそうに食べているのを幾度も見てきたから余計にそう思う。
あのときもなんとなくだが、可愛いなと思っていたらしい。
ルノフェーリは、慈愛の瞳をベラに向けた。
食事を終えてからも少し飲み、満足してから寝室に入り、休むことにした。
ふかふかのベッドは身体を包み込んでくれて、すぐに夢へと誘う。
ベラは、気持ちよく酔ったまま眠りへ身を任せた。
その夜は、月も出ていなかった。
寝静まった客室のベランダに、静かに影が降り立った。
いくつもの影は、音もたてずに窓に近づき、静かに開いた。
入ったそこはリビングである。
寝室は、リビングから続く4つの扉の向こうだ。
うなずきあった影たちは、二手に分かれてそれぞれの寝室のドアを開いた。
一方の寝室に滑り込んだグループは、中を確認すると同時に意識を刈り取られ、知らぬ間に縛り上げられてリビングに転がされた。
もう一方の寝室に入ったグループは、ベッドに近づいたとたんに蹴り飛ばされ、どういうわけかベランダから外に飛び出したのち、中庭に用意されていた檻の中へとボッシュートされた。
窓は、勝手に閉まった。
次の日の朝、ゆっくり休んで艶々したベラは、リビングにいるめんどくさそうな表情のルノフェーリをみつけた。
「おはよう。どうしたのそれ」
「おはよ。ベラだって、窓の外にとっ捕まえたでしょ」
「え、覚えてない」
「無意識で撃退された襲撃者かわいそう。多分、城の暗部とかそういう人たちだよ」
「え、見たことない」
「暗部だから、見てたらまずいと思う。でもどうしよっかこれ」
「うーん……。食べる?」
「食べないよ?!竜はヒト食べないよ?!」
「だって私たち、見たらまずい暗部見ちゃったんだよ。証拠隠滅しないと。ルノなら、竜になったら一口でしょ」
二人の会話を聞いていた縛られた襲撃者たちは、震えながら首を左右に振った。
「だから食べないってば!普通に、こっそり引き渡して脅かせばいいでしょ?!」
「じゃあ最初からそう言いなさいよ。てか、中庭のやつ先に回収した方がいいわね」
「あ、見つかっちゃう」
「ちょっと待ってて」
ベランダから中庭に飛び降りたベラは、3人の襲撃者が入った檻をひょいと持ち上げ、ベランダに向かって投げた。
「~~~~?!?!?!」
檻の中の三人は、迫る空と城の外壁を見て、衝撃を感じる前に意識を失った。
「やわね。これくらいで」
「ベラ。普通は檻を投げないし、この高さに投げ飛ばされることもないよ」
「そっか。じゃあ貴重な体験をしたわね!」
それを見ていた縛られた襲撃者たちは、身を寄せ合って気配を消そうとしていた。
読了ありがとうございました。
続きます。