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よろしくお願いいたします。
河原で一泊したのち、サーダユギノとはさらりと別れた。
「あっさりしてるもんなのね」
『まぁ、またいつか会えるだろうし。俺はともかく、普通は竜はあんまり移動しないから、ここに来れば会えるだろうからね』
「そういうもんか。移動しないって、縄張り的なやつ?」
『ううん。若いときは数百年かけてあっちこっち行くもんだけど、そのうち落ち着いて定住するんだ。でも定住してたら飽きるから、もういいやってなる』
「あー」
『そもそも、竜って繁殖力が弱いから、若い竜もめったにいないし』
「なるほど」
やはり、時間の捉え方が違うようだ。
ベラはまだせいぜい80年くらいしか生きていないので、その域には達していない。
のんびりと空の旅を進めて数日。
ハンリム侯爵領に到着した。
また竜のまま領主館へ行こうとするルノフェーリを、背中からベラが止めた。
「待って待って」
『どうかした?』
「あれ見て。呼ばれてるみたい」
『ん?ほんとだ』
門を入ったところに開けた場所があり、そこで兵士たちがこちらに手を振っていた。
地面には、「こちらに降りてください」と書いてある。
完全に、ルノフェーリのための場所のようだった。
「罠ってわけじゃなさそうだけど」
兵士たちも、武器は手に持っていない。
『魔力的にも何もないね。降りるよ』
「はーい」
砂埃を立てて降りると、地面がずぅん、と鳴った。
代表して、少しいい装備を着た兵士が進み出てきた。
多分、隊長かなにかだろう。
「お待ちしておりました!竜のルノフェーリ様ですね。それから、お連れの方は……」
「あ、下りるわ」
ベラは、ひょい、とルノフェーリの背中から飛び降りた。
「あっ!はい、ベラ様と伺っています。お間違いありませんか?」
「ええ」
『そうだ』
それを聞いた隊長(仮)はうなずいた。
「かしこまりました。いらっしゃったらこちらでお待ちいただくように言われております。竜のルノフェーリ様は、領主館には入れないと思いますので」
『あぁ、人型になるよ』
「えっ」
ぶわっと魔力が開放され、藍色の竜は人型のルノフェーリになった。
「え……」
隊長(仮)は、若干残念そうな表情になった。
「むぅ。これ見たら皆同じ表情するよねほんと」
「しょうがないよ。だってあのカッコいい竜からびっくりするくらいそのへんにいそうなモブ冒険者が出てくるんだもん」
そう言ったベラが隊長(仮)を見ると、頷くわけにもいかずにもにょらせた表情をしていた。
「竜から出てきたんじゃなくて変身したの!」
「擬態が完璧すぎんのよ」
「いや、擬態じゃなくてもう一つの形態だから」
「えっ?そうだったの?竜が本体で人型が擬態だと思い込んでたわ」
「違うよ。第一形態が竜で、第二形態が人型っていう感じ」
「へぇー」
「色々と初耳で驚きました。しかし、そのお姿でしたら領主館へご案内できますね。先ぶれを走らせましたので、ゆっくりまいりましょう」
「わかった」
「はーい」
隊長(仮)さんは、仕事が早いようだ。
ハンリム侯爵領は、領地内にある鉱山と加工業で成り立っている領地だそうだ。
農業地帯もあるにはあるが、ほとんど領内で消費する程度らしい。
「それで、なんか職人っぽい人とかごつい感じの人が多いわけね」
「さようです」
ベラは、キョロついて行方不明になりそうなルノフェーリの腕を掴んで歩いていた。
ほかの街ではそうでもなかったのだが、やけに彼の興味を引くものがあるらしい。
「ルノ、どうしたの?いつもよりあっちこっち見てるけど」
「だってベラ、魔道具があっちこっちで売られてるんだよ?気になる」
「我が領の特産品ですよ。今の領主様になってから、特に力を入れている産業になりました」
「へぇ」
「あああ、あれも面白そう」
「また後で」
「あっちもなんかある」
「用事がすんでから」
幼児の引率でもしているような調子で、ベラはルノフェーリを引っ張っていった。
「お待ちしておりました。ブッドラ公爵は私の従兄弟でしてね。彼から話は聞いておりますよ。まずはこちらへどうぞ」
なんと、ハンリム侯爵本人が、玄関まで出迎えにきてくれていた。
貴族としてはあり得ないほどの歓迎ぶりである。
案内された応接室は、飾り立てているというよりは趣味よく高そうなものが配置されていた。
多分、見る人が見ればわかるんだろう。
2人がソファに落ち着き、これまた綺麗な装飾が施されたカップに香りのいい紅茶が注がれて提供されたところで、ハンリム侯爵は木製の箱を取り出した。
「こちら、お納めください」
「あ、俺の逆鱗。ありがとう」
ルノフェーリは、迷いなく箱を開けた。
そこには、藍色の逆鱗の欠片が鎮座していた。
「ありがとうございます。では、お礼にというか、交換でこちらを」
持っていた逆鱗を取り出したルノフェーリを横目に、ベラは鞄から魔石を取り出した。
割と大きめの欠片だったので、10センチ大のものを二つ。
ことんことん、と二個置くと、侯爵はにっこりとほほ笑んだ。
「ありがたくいただきます。素晴らしい品質の魔石ですね」
「採れたてですよ」
「さようでしたか。さすがですね」
その目の前で、ルノフェーリは逆鱗の欠片同士を合体させていた。
「よしっと。それにしても、随分話が早かったね」
「はい、まぁブッドラ公爵から知らせを受けたというのもありますが。ハンリム侯爵家の武器は、産業ではなく情報なんですよ。フルーツィーラ王国でもご活躍のベラ様と、ここ数十年逆鱗をお探しだというルノフェーリ様。とはいえ、ルノフェーリ様の情報はあまり出てきませんでしたが」
「あぁ、ルノは迷子を拗らせて人里にいなかっただけみたいですから」
「迷子ですか?」
「ここに来る途中でほかの竜に会いまして。彼に聞いたところによると、魔力の多い竜は方向感覚があまりないそうですよ」
「ほかの竜」
ぱちぱちと瞳を瞬いたハンリム侯爵は、ゆっくりとうなずいた。
「竜とは、人の尺度では測れない存在なのですね」
「そういう感じでいいと思います」
「確かに竜は人外だけど、なんか違う気がする」
「大丈夫、私も片足突っ込んでる」
「それ大丈夫じゃないやつ」
出されたお菓子は、上品で美味しかった。
ひと晩泊まらせてもらい、次は帝都に行くことになった。
実は、ブッドラ公爵に逆鱗の情報を伝えたのはハンリム侯爵だったのだ。
その彼が言うには、あとこの国に残っている逆鱗は王城に保管されているものだけとのこと。
一応王城に向けて手紙を書いてくれたらしい。
ほかにあるのは、南のナナバ王国。
あとは、欠片が発見された場所を地図に記したところ、フルーツィーラ王国にもまだ残っている可能性があるそうだ。
「我が家やブッドラ公爵など、保管する術のある者は手元に置きましたが、王家への忠誠や覚えをめでたくする目的で、献上した家もあったそうですよ」
ハンリム侯爵によれば、ごく小さいものも含めて4個ほどの藍色の逆鱗の欠片が保管されているという。
「ありがとうございます。助かります」
『じゃあ、そろそろ行こう』
「はーい」
「お気をつけて」
追加の情報料も含めて、ルノフェーリの普通の鱗と5センチ大の魔石を受け取ったハンリム侯爵は、良い笑顔で見送ってくれた。
読了ありがとうございました。
続きます。




