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よろしくお願いいたします。
「おい、どうしたんだ?騒ぎは起こせたんだろう」
「うす!馬車を暴走させるところまでは上手くいってたんす。だけど、」
「だけど?言い訳はいらねぇ!失敗しやがったな!!」
「ぅぐっ!!」
倉庫の中には複数の男がいたようだが、報告を受けていた大柄な男が報告していた男を殴り飛ばした。
「っち!たかが掏りごときで失敗しやがるとは」
「下手くそってことね」
「まさに、下手くそだな!」
「実力が伴わないってむしろ哀れだわ」
「まったくだ!」
そこまで言ってから、大柄な男は突然会話に加わったベラにぎょっとした顔を向けた。
「お前、誰だ?!」
「あんたがターゲットにしてたやつの連れ」
「はぁ?あの竜だとか何とかってぇほら吹き野郎の?なんのつもりだ!」
「え?私、冒険者だから。盗賊も泥棒も討伐対象なの」
「っち!おい!」
「「おぅ!!」」
軽い調子で答えるベラを一人だと見た掏り集団は、それぞれ手に武器を持ってベラを取り囲んだ。
「いいわねぇ。さっきはルノにしてやられてなーんにもできなかったから、ちょっとストレス溜まってんのよ」
「この女、ふざけんな!やっちまえ!」
「手加減なしだ!」
「マジでやれ!」
「いつも通り、落とした奴が一番でいいっすかぁ?」
「女はいつも通りだ!」
じりじりと近寄ってくる男たちは、先ほど殴られたやつと一歩引いている大柄なやつを合わせて8人だ。
ふむふむ、とうなずいたベラは、腰の短剣を引き抜いた。
「へへへっ、威勢のいい女は好きだぜ」
「そりゃどう、も!」
「ぶべぇっ!!」
構えた短剣を振りもせず、蹴り飛ばされた男はなぜか倉庫の端に出現した檻に向かっていき、その檻に呑み込まれた。
文字通り、ぱっくりと。
「は……?」
「はい、つぎー!」
「ぐぼぉ!」
どかーん。
「うらぁっ!」
「ぎぃやああ!!」
がっちゃーん。
「私だって!」
「うぐぉおっ!!」
「馬車くらい!」
「ぅわあああ!」
「止められたのよっ!」
「やめてくれぇぇええ!」
どんがんばーん!
殴って蹴って、6人の男は次々と檻に放り込まれた。
残るのは、さっき大柄な男に殴られて座り込む男と、大柄な男だけ。
「っち!役立たずどもが!」
大柄な男は、座り込む男の襟をつかんでベラの方に投げた。
「ひぃっ!」
「逃がすわけないでしょ!」
べしっと投げられた男を檻に向かって殴り飛ばし、ベラは逃げようとする大柄な男に追いついた。
「くそが!化け物め!」
「はぁ?化け物は!あんたたちを脅威とすら感じてなかったルノの方!なんなのよ!竜化しただけで暴れ馬を止めやがってぇ!!」
「この!当たれ!」
大柄は男は手に持った剣を振りまわしていたが、ベラはしゃべりながらひょいひょいと避けていた。
「あんたたちは!」
「うわっ?!」
「私に!」
「ぐぼっ!」
「八つ当たられていればいいのよ!!」
「っがぁあああああ!」
剣を蹴り飛ばされ、腹パンで息を止められ、最終的に大柄な男は檻に向かって殴り飛ばされた。
檻は、大口を開けて男を吞み込んだ。
ベラがその檻を魔法で引いて通りを歩いていくと、なぜか山盛りの食べ物や布のようなものを両手に持ったルノフェーリに出迎えられた。
「なにしてんの?」
「いやそれはこっちのセリフ」
「掏り集団を討伐してきたから売りに行くのよ」
「言い方!」
檻の中にいる男たちは、集まって震えていた。
「掏りだからせいぜい鉱山送りでしょうけど、まぁまぁの小遣い稼ぎよね。で、ルノのそれは?」
「なんか、ここでベラを待ってたら座らせてくれた。それで飴を貰って、このへんの人たちがお礼だって色々持ってきてくれたんだ」
「なんでそうなるのよ。お布施?」
「ちが……違うはず?」
「まぁいいわ、ギルドに行くわよ」
「わかった」
ルノフェーリは、当たり前のように檻を引くのを代わった。
「竜様!ベラ様!魔獣退治に留まらず、暴走した馬車を止めて、街のごろつきを捕まえてくださったとか。重ねて感謝いたします」
日が落ちてから領主の屋敷に戻ると、公爵が出迎えてくれた。
きちんと話が回ってきたようだ。
「聞いているでしょうけど、馬車の暴走はあの掏り集団の仕業でしたから。ギルドに引き渡しましたが、良かったですか?」
「はい、もちろんです!ありがとうございます。捕まった奴は大きな掏り集団の頭目でしたので、今後は散り散りになった奴らを捕まえてまいります。今まではなんやかんやと逃げられておりましたので、非常に助かりました」
笑顔でぺこぺこと頭を下げていた公爵は、今度は困ったように眉を下げた。
「申し訳ありませんが、私の方はもう少し時間が必要です。近々返事が戻ってくるはずですので、今しばらくご滞在いただいてお待ちくださいますか?」
「うん、大丈夫」
「調べていただいているので、待たせていただきますよ」
ルノフェーリとベラの軽い返事を聞いて、公爵はもう一度深く頭を下げた。
のんびりと魔獣退治をして、ときに街ブラしているうちに10日ほど過ぎた。
ルノフェーリが一瞬の隙に裏路地に迷い込んだり、討伐して得た小さい魔石をギルドに売って小金を設けたりしていたので割とあっという間だった。
「一通り、回答を得ました。こちらです」
「はい」
改めて応接室に呼ばれたルノフェーリとベラは、公爵から紙を受け取った。
そこには、いくつかの名前が書かれていた。
「ロモの町の商人と、コロッタ伯爵と、ハンリム侯爵、あとは帝都ね」
「あ、ナナバ王国にもあるって。フルーツィーラ王国のは、もう回収した後のものだね」
なんと、ブッドラ公爵は国外の情報も集めてくれたらしい。
「公爵、ありがとう。俺だけではこんなに調べるのは難しかったと思う」
「いえいえ!これくらいはどうとでもなりますぞ。腐っても公爵ですからな、あちこちから情報を集めさせていただきました。もっとも、逆鱗を手に入れたという話は本人が自慢しますので、広く出回りますからな。百年以上前に手に入れたという者のリストはこちらです」
公爵は別の紙を一枚取り出した。
「あ、古いのはいいです。俺のじゃないので」
「さようですか?彼らに危険はないのでしょうか」
どうやら、危険があるのが気になるところだったらしい。
公爵は、存外お人好しなようだ。
「もし本物なら、多分もう死んだ竜の逆鱗だから、爆発も小規模だよ。でもたぶん、古いのは本物じゃなくて普通の鱗を加工したものだと思う。竜は、逆鱗だけは死んでも他人に渡さないからね」
「え、ルノは?」
「俺は渡したんじゃなくて落としたの」
「そうだった」
若干いじけたルノフェーリを前にして、公爵は三たび頭を下げた。
「それを聞いて安心いたしました。中には古い友人もおりまして」
「まぁ、貴族のステータス?的な何かになるんだろうから、黙っていればいいよ。俺の逆鱗は返してもらうけど」
「かしこまりました。あぁ、ロモの商人とハンリム侯爵は直接つながりがございますので、私から連絡を入れております。コロッタ伯爵と王族については、私の連絡が正しく伝わるかわかりませんが、きちんとまとめて手紙を送ります」
「助かります」
公爵は、かなり骨を折ってくれたらしい。
だから、ルノフェーリは懐から大きな藍色の鱗を数枚取り出した。
「そうそうこれ、つまらないものだけど」
「えええっ?!」
「希少素材よね」
「り、竜様!よろしいのですか?」
公爵は、震える手で鱗を受け取った。
「ちょっと剥がれ落ちただけだから、こんなのでよければ」
「あ、ありがとうございます!」
「いや、こちらこそ」
「いやいやいや」
お礼合戦は、お菓子を堪能するベラが止めなかったのでしばらく続いた。
読了ありがとうございました。
続きます。