01
よろしくお願いいたします。
1話と2話は、ほとんど短編からの転載です。
「その傷さえなければ、綺麗な娘だっていうのによ!」
「うっさいわ!!」
どかーん
「ぶべへぇっ」
そして男が一人吹き飛ばされた。
物理的に。
かなり遠くへ。
着地点は見えない。
フールツィーラ王国の西にある、国名にも入っているツィーラ山脈。
国の西側をぐるりと囲む山脈は、魔獣が出る上に道が険しいこともあってあまり開拓されていない。
とはいえ、西に位置する隣国レオンジ帝国への最短ルートを選ぶなら、必ず通過する山脈である。
比較的通りやすい道を両国共同で開通させたものの、結局山脈の南を縫うようにを流れる大河プレア川を船で渡る方が楽であるため、山の街道はあまり使われていない。
わざわざこの山道を通るのは、よっぽどお金のない者か、魔獣と船酔いなら魔獣の方がマシだという者か、腕に覚えのある冒険者か、乗り合わせになる船を避けたいお忍びの者か。
いずれにしても、複数人で隊を組み、護衛も雇っての大所帯となるのが常である。
その山中を縄張りとしている大きな山賊団は、非常に珍しいカモでしかない一人歩きの旅人を襲った、はずだった。
しかし現状は、山賊団が一人の娘に襲われていた。
「おら次!来ないなら私から行くわよ!!」
「や、やめてくれぇぇっ?!」
「私の一発はお高いからね!一発ごとに、あんたたちの蔵からお宝が無くなっていくと思いなさいっ!」
どごん
「ぎぃやぁぁあー?!」
また一人、男が視界からいなくなった。
娘は、山賊が蔵の代わりにしている洞窟の前に陣取り、魔法を使って中を漁りながら、山賊を蹴散らしていた。
「あら、これは金貨ね!嬉しい、ちょうど次の街では贅沢に泊まりたいと思ってたのよ」
「やめろぉ!それは俺たちが必死に集めた金で」
「どうせ盗ったんでしょうが!盗人から奪ったモノは返還義務なしってのは、どこの国でも同じよ!」
ちゅどーん
「うごぉあああ!」
さらに山賊の人数が減った。
「まいどあり~」
少し離れた場所から、一見可憐な娘による一方的な蹂躙を見つめる青年が一人。
こっそり隠れる青年もまた、山の街道を一人で進んでいた変わり者であった。
彼は、襲われた娘に気づいて助けようと一歩足を出したものの、すぐに始まった娘による蹂躙によって足を止められていた。
下手に出られない。
うっかり出る機会を失った。
出たら彼女に殺されるかもしれない。
しかも動くと見つかるかもしれないから動けない。
青年は、進退窮まっていた。
ぼかーん
「いやだぁあああぁぁ……」
そして、最後の一人が消えていった。
「ふぅ。いい仕事した」
娘は掻いてもいない額の汗を袖でぬぐい、満足そうに微笑んだ。
青年は、意を決して足を進めた。
ざり
その音を聞いて、まだ残党がいたのか、と娘は勢いよく振り向いた。
が、そこにいたのは山賊とは思えない小ぎれいな青年。
びくりと怯えるように肩が動いて見えたが、きっと気のせいだろう。
宵闇のような藍色が印象的な髪を一つに束ねた青年は、かり、と右手で頭をかいた。
「ごめんね。助けようと思ったけどいらなかったみたいだから、見守ってたんだ」
決して、娘が怖くて逃げられなかったわけではない。
「あらそう」
素直にその言葉を受け取った娘は、美しい栗色の髪を一つに編んでいた。
だから余計に目立った。
左頬から首にかけて、そして多分その下まで、引き攣れたような大きな傷が走っているのだ。
多分、通常なら致命傷になるだろう傷。
しかし娘は生きているのだから、一緒にいた人か、この娘本人が、ある程度の医療魔術を使えたのだろう。
本格的に医療魔術を極めていれば傷跡も残らないというから、ある程度であることがうかがえる。
理知的な色も見せる深緑の瞳は、角度によっては漆黒にも見える。
娘は、その深緑の瞳を青年に向け、上から下まで一巡りしてすぐに興味を失ったようだ。
「じゃ」
体ごと青年から別の方向へと向いてしまい、娘は歩き出した。
「え、えぇ?いや、ちょっと待って。俺も一緒に行くよ!」
青年は焦りながら娘を追いかけた。
「なんで?さっきの山賊なら、全員まとめてふもとに作った檻の中だから、途中で回収して次の街のギルドに行くのよ」
「あ、意外とちゃんとしてたんだ。って、ちっがーう!それも気になってたけどそこじゃなくてさ。一緒に行こう、幸い方向も一緒だろうし。あれだよね、プイレナの街に行くんだよね?」
青年は、さっと追い付いて娘の横に並んだ。
「えぇまぁ、山賊はプイレナに売りに行くけど」
「売るって言っちゃった?!うん、結局そうなんだけどさ。いやほら、一人だと心もとないときもあるじゃない?せっかくだし、一緒に行こうよ。どうしても奴らから目を離さざるをえないときとか、役に立つからさ!果物を見つけるもの得意だし、星の位置は読めないから夜は動けないけど、太陽が出ていれば大体方向分かるはずし、っていうか連れて行ってくださいぃぃいい!」
青年は娘に向かって勢いよく頭を下げた。
「迷子?」
「そうともいう」
「あんたそれで一人旅とかよくできるわね」
「うぁ、ぐっさりきたー!」
青年は、ルノフェーリと名乗った。
娘はそれに対して、ベラと呼べとだけ言った。
「なんで?」
「本名を教えると、相手が呪われるのよ」
「え?名前を知られると呪いをかけられるかもしれない、じゃなくて?」
ルノフェーリは、ベラの後ろを歩きながら聞いた。
彼は車輪のついた大きな箱を引いている。
中身はもちろん山賊のすし詰めだ。
「私の本名を知ると、家族以外の人は呪われるらしいの。ちょっと若いころに暴走して失敗しちゃってね。でもまぁ、ルノが言うように知られたら呪いに使われることもあるし、便利だからそのままにしてるわ」
「えぐいひどいこわい」
「知らなきゃどうってことないわよ。呪いだって、解けないけどそれで死にはしないんだし」
「どういう呪いなんだ?」
ベラは歩みを止めて振り返った。
ルノフェーリの髪と同じ色の藍色の瞳は、ベラの深緑の瞳の中に、何かを見た。
「ごめん、聞かない」
「その方がいいわ」
にこりと笑ったベラは、傷など気にならないほどに美しかった。
読了ありがとうございました。
続きます。