愛されたかった『とある少年のお話』
「なあなあ、聞かせてくれないか。この村に伝わるお話を」
無邪気に少年が老婆に向かって笑顔を向けていた。
ここは、豊かとは言えない程の小さな村。けれど、朝は村の商人たちが街へ出かけ、昼間は子供たちの元気な声が響き渡り、夕方には村中に食卓に並べるために作られている料理のいい匂いが漂ってくる。平和な村だ。
「おやおや、それでは初めて聞く子もいることだし、そろそろお話を始めるとするか」
お話を楽しみに待っていた子供たちが、小屋の中に集まって、椅子の座っている老婆を囲うかのように座り、ワクワクしながら老婆の話を待っていた。
お話を楽しみに待っている子たちを見て、老婆はお話を話し始めた。
「これは昔、愛を知らなかった少年の残酷で悲しいお話ーーー」
あるとても高貴なお家でめでたいことに、跡取り息子が生まれました。
兄・セドリック、弟・セビアン、彼らは双子で産まれたのです。
しかしこの時代では、双子であることは呪われていて、災いを起こすと言われていました。
そのため彼らは産まれた直後から母親からも『呪い子』と蔑められ、誰一人からも愛されることがなかった。世間には赤ん坊は、出産直後に病死したと公表され、生活も屋敷には入らせて貰えず、離れの小屋で養母と3人で暮らし、存在しない者として扱われていた。
実の母親からの愛情を一切与えられずとも、養母のお陰で元気に育っていた。双子はそんな養母が大好きだった。
しかしある日、5歳の誕生日を迎えた日。突然、離れの小屋に実母がやって来たのだった。生まれてか何度か離れから見かけることはあったけど、今まで実母が目の前に現れることは一度もなかった。怯える双子を庇うかのように、養母が実母の前に立っていた。
「奥様、突然こちらにいらして、なにかご用でしょうか」
養母も震えていた。しかし双子を守るため、雇い主である人物に立ち向かっていた。
実母は、汚いものを見るかのように双子を見ていた。
「ふんっ、最近とある噂を耳にしたのよ」
冷たい口調で話し始めた。
「あなたが『呪い子』をとても大事そうに育てていると。それに『呪い子』もあなたのことが大好きだと」
「私、あなたに何て言ってこの仕事を任せたのかしら」
養母を見る目がとても恐ろし目をしていた。養母は先ほどよりも凄く震えていた。
怯えながら声を発した。
「…の…『呪い子』を…病弱させ、誰にも気づかれずに、自然に…死なせるようにと…」
「そうよね、なのにこの歳になってもまだ、ピンピンして元気に生きているなんて。どういうことかしら」
「も…申し訳ありません!奥様!」
養母は全身を震わさせながら涙を流し、土下座をした。養母が怯えている姿を見て、弟が泣き出してしまった。そんな弟を見て兄は、自分が弟を守ろうと、手をぎゅっと握った。しかし泣く弟に気づいた実母は、不快な顔をしていた。
「あなたが大切に育てたこの子たちは、とても元気に育ったみたいね」
養母は何も答えられなかった。
「この子たちは自分が『呪い子』だという意味を知っているのかしら」
「…い…いえ…。お、奥様。どうかこの子たちには何もしないでくださいませ。何も知らない無邪気なまだ小さい子供たちなのです。こんな子たちが何か悪いことをするとは思えません」
怯えながらも、双子を守ろうと必死に主人に立ち向かっていた。
「主人に対して、こいつらのために願いをこうと」
実母の怒りが込み上がっているのが、幼い双子からでもわかった。
「こいつらに『呪い子』がどういう意味なのかわかせないとね」
そう言うと、実母は後ろで待機していた護衛の兵士に指示した。
「やれ」
すると、途端に兵士が腰から剣を抜き出し、双子の目の前で養母を刺してのであった。
突然の光景に、声も出なかった。実母はあーははは、と高笑いしていた。
ドサっと倒れる養母に、目の前で起きた状況が理解出来なまま、倒れ込んだ養母に近づいた。兄は唖然とし、弟は大泣きした。
「これがあなたたちの呪いよ。あなたたちは、誰からも愛されることも、愛することもなく。もし誰かを愛し、同じ人を求めてしまえば、世界に災いが起き、大切な人を失うことを覚えておくのね」
「誰も死なせたくなければ、大人しく言うことを聞いてなさい」
そう言うと兵士を連れて小屋から出て行った。
たった5歳の少年たちからしたら、この事実が受け入れられなかった。大好きだった養母が自分たちのせいで目の前で殺され、自分たちが『呪い子』としてのことを突きつけられたのだ。
その後、別の兵士たちが小屋にやって来て、養母の遺体を運んでいった。葬儀もさせてもらえず、最後の別れもさせてくれなかった。
何も飲み食いもせず数日が経った後、新たな養母が双子の元にやって来たのだ。双子は心置きなく、新しい養母を受け入れた。その養母も双子のことを可愛がってくれた。実母からどう言われて来たのかは、知らないまま。
数年後、双子は少しずつ大きくなってきていた。
しかしその間に何人ものの養母が入れ替わっていた。なぜ入れ替わっていたかとは、言うまでもない。
双子は次第に心を閉ざすようになっていった。自分の意思を出しては駄目、誰も求めてはいけない、愛してはいけない。双子は唯一お互いにだけは、心を許していた。それだけが彼らの心の拠りどころだった。
ものごごろも付き始め、勉学にも励むようになった頃。弟が離れの庭で散歩をしていた時のことだ。弟は見てしまったのだ。兄が実母である母親と仲睦まじく話している所を。
愛されることもなく、大切な人の命を奪われ続けて来たけれど、弟は実の母親としての愛情をいつか与えて貰えると信じていたのだ。なのに、それを兄が弟には内緒で、母親の愛情を独り占めしていたのだ。
裏切られた。怒りよりも悔しさの方が強かった。
しかし弟も母親の愛情が欲しい一心で、兄と養母には内緒で、母親に会いに行くことにした。
護衛の目を盗んで、弟は母親のいる部屋へと向かった。屋敷の地図は、以前養母に見せてもらっていたから、把握はしていた。そして目的地にたどり着き、部屋に入ると目の前には実の母親がいた。とても嬉しかった。自分も母親の愛情が貰えると思った。
あの時、母親はどんな顔をしていたかな。
次の日、屋敷の方が騒がしかった。何があったのだろう。兄と何があったのかと、慌てて小屋にやって来た養母に問い詰めてみた。すると、言いづらそうに話し始めた。
「奥様が亡くなられました。今朝、自室で首を吊っていられるところを侍女が発見されたそうです。すぐに縄を解き救助したのですが、既に…」
「え…」
実の母親が死んだ。信じられない。昨日確かに目の前で生きている母親を見た…
その時ふと、以前母親に言われた言葉を思い出した。
『これがあなたたちの呪いよ。あなたたちは、誰からも愛されることも、愛することもなく。もし誰かを愛し、同じ人を求めてしまえば、世界に災いが起き、大切な人を失うことを覚えておくのね』
もしかしたら、僕が母親からの愛情を求めてしまったから…。兄は母親から、愛情を与えて貰い、兄は母親に愛情を求めていた。僕が呪いを起こさせてしまった。
恐怖で怯えている弟を兄は何も言わずに、手を握ってくれた。昔みたいに。
そのお陰で少し落ち着いてきた。弟は兄に昨日何があったのか、正直に話した。しかし、驚くことに兄はそのことを知っていたのだ。行動が怪しくて、すぐにバレていたらしい。しかし、兄は弟の行動を止めなかった。
そして兄からも母親と会っていたことも話してくれた。
この屋敷の主人たち、つまり双子の両親は、双子を産んでからは一度も子を授かることが出来なかったらしい。しかし、跡取りが必要だった屋敷の主人たちは、双子の実の父親である主が、屋敷に愛人を呼んだのだ。奇跡的に愛人との子が身ごもった。そのお陰で、主は愛人とその子供を溺愛したのであった。母親は、『呪い子』を産んで、それ以降は身ごもらなかったことから、屋敷内で腫れ物扱いされていたのであった。
そこで世間では存在しないけれど、この屋敷での実の長男である兄に目を付けた。
勉学が優秀であったと養母から聞かされていた母親は、兄に家庭教師を付け、正式な跡取り息子として公表するつもりでいたという。
しかし、兄はその話に乗るつもりはなかった。兄だけが跡取り息子として、生きていたと公表をしたとしても、弟は今までと何も変わらず、存在しない者と扱われるからであったからだ。それは許せなかった。
それから双子は互いに自由に生きていこうと誓った。そのためにこの屋敷から出て行くことにした。母親がいなくなって、より自分たちがここにいる必要もなくなって、実の父親に必要としない存在として、いつ殺されるかも分からない状態でもあった。
自分たちが双子であることを隠して、それぞれ離れた村で生きていくことにした。
弟はとある村に向かい、その村では弟を歓迎してくれていたが、最初は心の傷は深く、『呪い子』としての胸に刻まれた刻印が消えることがなかったため、意思や感情を表に出すことはなかった。
しかし、村人たちの優しさや、明るさのおかげで次第に心を開き始めていた。
村に来てから何年かが経ったある日、遠い村からこの村に商人がやって来たのだ。その村での特産物を売りに来たらしい。
商人と村長が話しているのを横目で見ながら仕事をしていると、ふとひとりの少女の姿が目に入った。綺麗な髪が風になびかれて、小柄な姿がとても可愛らしかった。一目惚れだった。彼女の姿を見て驚いている俺に気づいたのか、彼女と目が会い、彼女もこちらを見て驚いたような表情をしていた。
俺は初めて恋というものを知った。誰かを愛することを許されていなかったせいか、どう人を愛するのかが分からなかった。
商人が帰る日までの数日間、俺は彼女に花の贈り物などをして不器用ながらも、もうアピールをした。空いた時間に話しかけもした。最初は凄く困惑され避けられていたが、次第に一緒に話をしてくれるようになった。
しかし、すぐに村へ帰る日となってしまった。俺は彼女に求婚をしたのだ。こんな感情は初めてで、もうこれで彼女を会えなくなることが嫌だったからだ。
彼女が凄く驚いた表情をしていたが、彼女の口から聞こえてきたのは、「ごめんなさい」だった。それもそうだろう。初めて会ってから数日しか経っていないのに、突然求婚されるなんて思ってもみないだろう。嫌われてしまっただろうか。
彼女が帰る直前に、
「あなたと出会ったことはとても驚きで、あなたはとても優しい人だったわ。でも、あなたの気持ちに応えられなくてごめんなさい。お元気で」
と言い、この村から去っていった。
彼女が来る前の日々を思い出せないぐらい、彼女のことが忘れられなかった。
弟は、村長にお願いをして商人の住む村の場所を教えてもらった。彼女を諦めきれなかったのだ。もう一度彼女に会いたい一心で、彼女の住む村へと向かった。
彼女の住む村に着いた。見慣れない初めての村で、元いた村からはあまり外に出なかった弟にとっては凄く新鮮な景色だった。
彼女はどこだろうか。俺は必死に彼女を探した。
すると、村の広場に彼女の姿を見つけることが出来た。彼女の元に向かおうとした瞬間、彼女の元へ向かう見覚えのある姿があった。あ…あれは
「セドリック」
実の双子の兄・セドリックの姿だった。そう、彼女はこの村で双子の兄であるセドリックの恋人だったのだ。
俺はその真実を知って、ふと昔のことを思い出した。忘れていた忘れたい記憶『呪い子』。
双子で生まれてしまったばかりに、『呪い子』として蔑まされ、大切な人たちを失って来た。
その時、誰かが彼につぶやいた。
「あなたは『呪い子』。呪いはあなた自身、あなたたちどちらかが存在するだけで、誰かを不幸にするの。
あなたたちの周りには災いが起き、大切な人たちを失い続けるの」
そうか…俺たちが存在するからいけないんだ。2人いるから悪いんだ。彼の中で何かが壊れた音がした。
その夜、弟は彼女のフリをして話があると兄に手紙を送り、暗闇の森におびき寄せた。
警戒心のない兄の背後に、弟は近くの小屋にあった斧を手に持ち、兄に向かって振りかぶった。
夜が明け、彼女が兄の家にやって来た。
彼女が兄の顔を見るなり何か不思議に思ったのか、とあることを聞いてきた。
「ねえ、その目はどうしたの?片目だけ、色が少し違うような」
「ああ、これは昨日の夜からで、気づいたらこうなってたんだ。でも大したことないから、心配しないで」
彼女に心配させまいと誤魔化して話した。
「ふーん、そうなの?特に問題がないならいいんだけど、でも一度医師に診てもらってね」
彼女は特にそれ以上は追求はして来なかった。
それから何事もなく日常が送られた。しかし、数ヶ月後、彼の姿はこの村にはなかった。
「おばあちゃん、その最後その人って…」
少年が老婆に尋ねた。
「ふふ、彼はその後どこで何をしているんだろうね。元気にしているといいんだけど」
優しそうに笑いながら老婆は答えた。
「さ、もう暗くなってきたから、気をつけて帰るのよ」
「はーーい!」
村の子供たちは元気に家へと帰っていった。
最後まで読んでいただきありがとうございました!!
こちらの作品は、とある少年のお話です。この少年がまたどこかで出会えるかもしれません。
この作品の詳しい話や、少年のその後の話もまたどこかで。
(※現在連載している作品との関係はございません)