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第42話 新婚旅行とは

「しんこん旅行とは何でしょう、夏帆さん」


 夕食の準備中、せかせか動き回る夏帆に尋ねる。

 いつもは作業を続けながら返事をする夏帆だが、今日は手を止め振り返った。


 背後でこっそりつまみ食いをしようとしていたことに気づかれてしまったのだろうか。どきりとするが、ただ彼女にとって強い関心のある話題だけのようだった。


「知らないんですか? 結婚したばかりの夫婦が二人きりできゃっきゃうふふ旅行する、熱々どきどきの催しですよ!」


 夏帆は前のめりになってそう言うと、「新しい」の新に「婚姻」の婚で新婚だと教えてくれる。


「もしや、蒼葉様……」

「旦那様に、誘われました……」


 蒼葉は急に恥ずかしくなり、返事が尻すぼみになってしまう。


「きゃーーーー!!! おめでとうございます!!!」


 夏帆は濡れた手で蒼葉の手をとり上下にぶんぶん振った。


「新婚旅行では何をするのでしょう」

「蒼葉様、もしかして何も知らないんですか?」


 夏帆は目をぱちくりさせ、それから自慢げに教えてくれる。


「夜、一緒の布団で寝るんですよ」

「ふんふん、なるほど」


(それくらいなら狸の時にしたことあるな)


「それでぎゅっとして、愛を囁いて口づけをするんです」


(口づけ……! 大人の響き……)


 蒼葉はごくりと息を呑む。


「ほ、ほう……夏帆さんは物知りですね」

「少女の友を愛読してますから」


 夏帆はその日の晩、「これで勉強してください」とお気に入りの雑誌を貸してくれた。挿絵の入った少女小説らしい。


 狸には難しい漢字が多くそもそも読めそうになかったが、男女が『きす』をする図を見て蒼葉はパタンと本を閉じた。


 行雲は本当に化け狸とこんなことをするつもりなのだろうか。


(たぶん旦那様も新婚旅行の意味を分かっていないと思うけど、こうなっても良いように心の準備をしておかなくては……)


 蒼葉はどきどきしながら、挿絵の頁を開いては閉じ、開いては閉じ、きたる日に備えて準備を進めるのだった。


◇◆◇


「蒼葉、どうした」

「いえ、楽しみだなーと思いまして」


 行雲の口から旅行の話が出た三日後には行き先と日程が決まっていた。

 帝都から電車で半日ほどかけて海辺の温泉地まで行くらしい。


 三泊四日の滞在中、海の幸を堪能できると聞いて楽しみにしていた蒼葉だが、いざ行雲と顔を合わすと『新婚旅行』を意識して緊張してしまう。


「貸してみろ」


 行雲は蒼葉の旅行鞄をひょいと持つと、車に積んでくれる。

 一昨日、帝都の『でぱーと』で買ってもらったばかりの鞄だ。


 着替えを詰める必要がないのでこんなに大きな鞄は要らないと蒼葉は言ったが、行雲は好きなだけ『美味しい土産』を詰めれば良いと微笑んでいた。


(何だかこの頃、旦那様が輝いて見える……!)


 今日の、落ち着いた色の和服にカンカン帽という出立ちも素敵だ。

 そして何より、行雲の表情が随分柔らかくなったような気がする。


 いつも無表情だった行雲がふとした瞬間、優しい目で蒼葉を見つめていたり、口もとを綻ばせていたりする。


 行雲の新たな表情を見るたび、蒼葉の心臓はすぎゅんと苦しくなるのだった。


「今日は洋服なんだな」

「変ですか? 似合わないなら袴に変えます」


 折角の旅行なのだからいつもと違ったお洒落をした方が良い、という夏帆の言葉を間に受けて洋装にしたのだ。


 着ているのはこの前『でぱーと』に飾られていた、薄い水色の縦縞模様が入った爽やかな『わんぴーす』だ。胸元には大きくて明るい黄色のりぼんがついている。

 それに大きな白い帽子をあわせてみた。


 帽子は実のところ、レイが「もう要らない」と捨てたものだ。

 まだ新品同然で勿体無いのでごみ箱から拝借させてもらった。


「似合ってる」


 行雲はそう言って、蒼葉の頭を優しくぽんと叩く。


「ありがとう、ございます……」


 心臓がまたぎゅんと収縮する。


(もしや旦那様、少女雑誌を読んでいらっしゃる!?)


 お洒落した姿を褒めて頭を撫でる。――というのは、少女小説における王道的展開であり、理想の一つだと夏帆が熱く語っていた。


(だ、だとしたらやっぱり挿絵のような展開に……)


「大丈夫か?」

「へっ?」


 行雲は俯く蒼葉を覗き込む。それだけでなく手をそっと蒼葉の頰に当てる。


「顔が真っ赤だ。熱でもあるのか」

「大丈夫です!! ちょっと暑いな〜と思っただけで。行きましょう!!」


 全身の熱がかーっと上昇していくのが分かった。

 蒼葉は今すぐ狸になりたい気持ちを抑え、送迎の車に乗り込む。


 後に続いた行雲は少し困った様子で「体調が悪いのか? それとも腹が減っているのか?」と聞いてくるが、蒼葉は真っ赤な顔を見られるのは恥ずかしいとそっぽを向く。


 そんな二人の様子を見て、駅まで送ってくれるという運転手はにこにこ笑っていた。

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