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第39話 扇家の業

 惣田に案内されたのは、土砂崩れが起きた場所とは別の方角にある村長の家だった。


 通された座敷には扇家や、その周辺から避難してきたと思われる人々が集まっており、その中で洋装の耕雨は一際目立っていた。


「行雲、無事だったか! 蒼葉ちゃんも!」


 離れるよう言ったのに、どうやら軍に知らせてからまた戻ってきたらしい。

 彼は行雲に気づくと人を押し除けやってくる。


「何故ここに耕雨がいる」


 行雲の眉間には深い皺が刻まれていた。


(旦那様、耕雨様のことは呼び捨てなんだ)


 思い返してみると二人が直接会話をしているところを見るのは初めてで、新鮮な気持ちになる。


「兄さんの件もあるし、行雲が事件に巻き込まれたと聞いたら心配になるだろ」


 耕雨は行雲のことを心底心配していたようだ。まるで家出した子どもを叱るような口調で言う。


「……十五年前、山で妖に襲われた時、父さんは俺だけ逃して死んだ。……仇は討った」

「仇って、もしかしてそのために軍に入ったのか」

「……はい」


 ばつが悪そうに途切れ途切れ返事をする行雲が本当に幼い子どものように見えてくる。

 真剣な状況なのに思わず笑ってしまいそうになり、蒼葉はぎゅっと唇を噛んで耐える。


 耕雨のお説教は続きそうだったが、そこへ惣田がひょいと顔を覗かせた。


「行雲、扇家の当主が話をしたいって。百鬼の家に関わることみたいなので、良ければ耕雨さんもどうぞ」


◇◆◇


「……」


 呼び出された別の和室には姫花の父が一人で待っていた。

 姫花の母と姫花の姿は見当たらない。きっと母親は姫花について別の部屋にいるのだろう。

 

 姫花の父は今から切腹でもするのかというほど、緊迫した様子で正座している。

 彼が視線を落とした先に刀が置かれているような錯覚を覚えた。


 一体何事だろうと蒼葉まで緊張してくる。もしかしたら、化け狸を嫁がせたことを今から謝るつもりだろうか。


「本当に申し訳ございませんでした」


 姫花の父は脂汗を滲ませた顔を畳につけて謝罪した。

 

(やっぱり私のこと!?)


 蒼葉の緊張は頂点に達する。

 隣に座っていた行雲は愛想は悪いが「何の話ですか」と一応丁寧な言葉で聞き返す。


「百鬼家の前当主のことです」

「父のことをどうしてあなたが謝るのですか」


 行雲は相手を尋問するかのように質問を重ねた。

 

 姫花の父は「え?」と言いながら顔を上げ、行雲と耕雨の顔を交互に見る。話が噛み合わないことに戸惑っているようだ。


「それは……その……」

「知っていることを正直に話してくれませんか?」


 耕雨が場の空気を和らげるよう優しく促したことで、姫花の父はようやく重たい口を開く。


「前当主が妖に襲われた原因は私です。山を切り拓かれては困ると少し脅すだけのつもりでお札の一部をはがしました」


 蒼葉は思わず行雲の顔色を窺った。

 激昂し、姫花の父を切りつけないか心配だったが、彼は思ったよりも落ち着いた様子で言葉を返す。


「それはつまり、故意に封印の一部を解いたということですね」

「……はい。すぐに戻し、鎮めましたがご当主は……。あんなことになるとは思っていなかった」


 山と山の一部に施された封印を護ることは龍神の嫁――つまり龍神が暴れる原因となった娘の一族に与えられた使命だった。


 祭壇の管理を一日でも疎かにすれば水害が起こるので、姫花の父は『堕ちた龍』を単なる伝承とは思っていなかったという。


 何代にも渡り封印を護ってきた扇家だったが、文明開化を迎えたある時、百鬼家が材木の国外輸出で得た圧倒的な財力で国から山の土地を買い上げ、切り拓こうとした。


 山に関われば災いが起こると熱心に伝えたが、取り合ってもらえず妖の存在を知らしめようとしたのだと姫花の父はガタガタ震えながら語る。


「ひと月ほど前の晩にも山で妖に出くわしました。その時も封印を解いたのですか」

「ご存じでしたか……それは事故です。うちの若いもんがお神酒みきをひっくり返して封印のお札が濡れ、弱まってしまって」


 蒼葉が耳にした酒蔵の騒ぎはきっとそれだろう。

 姫花の父が珍しく怒鳴っていて、その時蒼葉は従業員が何か粗相をしたのだろうと思った。


「酒蔵に忍び込み、封印を完全に解いたのは俺です。触れただけで破れたのは、既に札の効力が弱っていたからだと思いますが」

「やはり、そうでしたか。私はてっきりあなたが――正確にはあなたの代わりに挨拶に来た青年ですが、酒蔵の秘密と過去の過ちを知って復讐をしにきたとばかり……」


 行雲は黙り込んでしまう。


(旦那様……)


 ずっと妖ばかりを憎んできたが、ここへ来て父親の死に他の要因があったと知らされたのだ。感情をどう処理して良いか分からないだろう。


 蒼葉としてはこれ以上誰かを責めたり、父親の死に囚われてほしくはないが、口出しできる立場にない。黙ってことの行く末を見守った。


「……もう過ぎたこと。俺が憎んでいたのはあの妖です」


 行雲の出した答えにほっとする。

 少し迷いは見えたが、ここで今すぐ乱闘が起きることはなさそうだ。


「あの、耕雨さんは何か知っていましたか?」


 沈黙が続いたので蒼葉は気になったことを確かめてみる。

 耕雨は話を飲み込めていないのか、ぼんやりしていた。


「いや。山の所有権はまだうちにあるけど、兄さんの件で開拓は凍結になっていたから何も。扇家の娘さんの噂を聞いたのも本当に偶然で……」


 お義母様も何も知らないのかと聞こうとして蒼葉は止める。

 何も、恐らく夫の死に場所さえ知らないのだろう。命日が近づくと塞ぎ込む人が、知っていて八滝山の近くまで来られるわけがない。


「用はこれだけですか」

「はい。……誠に申し訳ございませんでした」


 姫花の父は再び深々と頭を下げた。

 行雲が無言ですっと席を立とうとした時、息を切らした姫花の母が飛び込んでくる。


「あなた、姫花が目を覚ましたよ!」

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