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第2話 狸と結婚したくない、なら分かるけど

 蒼葉の嫁入りはそれはもう、「あっ」という間に行われた。


 突然化け狸の正体を明かした蒼葉に姫花の母親は泡を吹いて倒れたが、娘を愛する彼女は化け物にでも頼りたい心境だったらしい。

 蒼葉は扇家の末娘として百鬼なきりの家に嫁ぐことになった。


 扇家に正体を明かしてから数日も経たぬうちに両家顔合わせが行われたが、旦那となる予定の男は仕事が忙しいようだ。


 ぼぼんと髪の毛を膨らませて結い上げた怖そうなおばさんが、一人で机の真ん中に陣取り、口をへの字にして蒼葉を睨んでいた。


(これは品定めをする目……!!)


 蒼葉はとって食われるような心地がして凍りつく。狸だと知られれば、きっと鍋に入れて煮込まれる。いや、丸焼きにされるかもしれない。


 娘の代わりに狸を差し出そうとしている姫花の両親は、蒼葉以上に緊張しているようだった。人数では扇家の勝ちだというのに、一人の女性に完全に気圧されてしまっている。


「扇家の末娘は美しいと噂に聞いていたけれど、賢くはなさそうね」


 百鬼側の一言に沈黙が走った。


「奥様のお眼鏡に適わぬようでしたら、この縁談は無かったことに……」


 姫花の母親は真っ青な顔で、なんとか言葉を口にする。

 百鬼のおばさんはそれを遮り、「まぁ、いいわ。来週からいらっしゃい」と不機嫌そうな声で言った。


 蒼葉が賢くなさそうに見えるのは狸だから仕方ないとして、なんと横暴な人だろう。こんなにも恐ろしい人がいる家に姫花を嫁がせるわけにはいかない。


 この時、蒼葉は百鬼の家で上手くやってみせると心に誓ったのだった。


◇◆◇


「ポン……蒼葉ちゃん、本当に良いの?」


 姫花は不安げに眉尻を下げ、扇家を出ていく蒼葉に問いかける。

 優しい彼女は身代わりになる必要はないと何度も言ってくれたが、蒼葉が意志を曲げることはない。


(姫様に助けてもらわなければ今頃命がなかった身、貴女のためなら私は相手が鬼だろうと、鬼婆だろうと戦います!)


 そんなことを言ったら姫花が余計に心配してしまうので、本音は胸の内に秘めておく。


「心配無用ですよ、姫様。毎日美味しいご飯が食べられると思うと楽しみでなりません!」

「そう……。どうか元気にやってね。難しいかもしれないけど、たまには遊びに来て」

「はい!」

 

 姫花には優しくてお金持ちの青年と幸せになってもらいたい。どうか体の弱い彼女を支えてくれる素敵な人が現れますように、と蒼葉は願う。


 百鬼家が寄越した迎えの自動車じどうぐるまに乗り込んだ蒼葉は、見送りに出てくれた人たちに笑顔で手を振った。


 自動車とは不思議なものだ。誰も引っ張っていないというのに、運転手に操られてぐんぐん進んでいく。

 道ゆく人々の視線を感じながら、車は下町を抜け、帝都の華やかな街を通って大きな屋敷が立ち並ぶ地域へと差し掛かる。


「うわぁ、大きいお家」


 蒼葉は思わず感嘆の声を上げた。何故なら、百鬼家のお屋敷は門を通ってから邸宅までの間にも車で走る道が続いている。

 広大な敷地には立派な洋館とお屋敷が建ち、大きな池とちょっとした林まで存在するのだ。


 万が一蒼葉が家を追い出されてしまった場合、狸姿でひっそり庭に住みつくこともできそうである。


「蒼葉さま、どうぞ」

「ありがとうございます」


 車は洋館の前で停まり、『はいから』な帽子を被った初老の運転手がさっと後部座席の扉を開けてくれる。


 蒼葉はお金持ちのお姫様になった気分で地面に降り立った。つい先日まで猟師に追いかけられていた狸だとは思えないほどの好待遇だ。


 さて、この立派な西洋風の扉からお屋敷の中に突撃すれば良いのだろうか。蒼葉が背の高い洋館を見上げていると、中から扉が開かれた。


 出迎えかと思いきや、建物の中から出てきた灰色髪の男は蒼葉に一瞥をくれることもなく歩いて行ってしまう。


行雲ゆくもさま! お待ちください、車でお送りいたします!」


 蒼葉の嫁入り荷物を下ろしていた運転手が、慌てた様子で男の背中に声をかける。男は振り返ることなく、「不要だ」と短い返事をした。


「あの方はどちら様でしょう?」

「あの方こそ蒼葉さまのご結婚相手。百鬼家の次期当主、百鬼行雲なきりゆくもさまでございます」


 運転手からその言葉を聞いた瞬間、蒼葉は去り行く男の背中を目掛けて走り出していた。


 真の姿は獣である故、蒼葉は足が速い。運転手が「蒼葉さま!?」と驚きの声を上げる頃には旦那様に追いついている。


 こちらの気配に気づいた百鬼行雲は、腰に挿した刀の柄に手をかけ、身構えた状態で振り返った。冷たく、光のない青黒い目が青葉を見下ろす。


 鬼神と呼ばれているようだが、気配はやはり人の子だ。


 きっちりとした詰襟の服を着て帯刀していることからして、彼は軍人なのだろう。独特のピリついた雰囲気を感じるが、蒼葉はめげなかった。


 自らの旦那様と知り、無視することはできない。扇家でも、最初の挨拶が肝心と教えられた。


「私! 蒼葉と言います! この度、行雲様のもとに嫁ぐことになりました」

「またか」

「え?」


 旦那様は面倒臭そうに溜め息をつき、刀の柄から手を離す。


「悪いが、俺は誰とも結婚するつもりはない。帰ってくれ」


 嫌悪を孕んだ冷たい声で言い捨てると、男は足早に去ってしまう。


「えーーー!?」


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