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第13話 地獄の晩餐会

 レイというのは通称で、『れいちぇる ぶらうん』というのが新しいお嫁さんの本名らしい。

 父親は西洋人だが、この国で生まれ育ったので異国の言葉は苦手なのだと彼女は夕食の席で挨拶した。


 レイがやって来た翌日の晩、彼女に合わせたためか、一同は珍しく洋館一階の華やかな応接間で夕食をとっている。

 耕雨はまだ出張から戻ってきていないので、丸い机を囲んでいるのは行雲とお義母様、レイと蒼葉という顔ぶれだ。


 本当は蒼葉に声はかかっていなかったのだが、嫁候補二人を平等に扱うよう行雲がお義母様に苦言を呈してくれたらしい。


 行雲の意外な気遣いと、お義母様が作った美味しい洋食を食べられるのは嬉しいが、蒼葉はいっそ仲間外れにしてもらっても良かったなと思い始めるほど、四人を取り巻く空気は殺伐としていた。


「行雲様、再びお会いできて嬉しいですわ」


 レイは頰を紅潮させ緊張した面持ちで、つやつやの唇から言葉を発する。

 その可愛らしい声と表情に、昨日の宣戦布告は幻だったのかもしれないと思えてくる。


 一方の行雲は「悪いが全く覚えていない」と低く冷たい声で一刀両断した。


 お義母様が行雲の職場に帰らせるよう連絡したことを「こんなことで呼び出すな」と酷く怒っていたので、その名残だろう。


「っ、ごめんなさい。……偶然助けてもらっただけなのに、私ったら図々しいですわね」

「レイさんごめんなさいね。この子ったら不愛想でいつもこうだから気にしなくて良いのよ」


 しゅんと俯き涙声で話すレイをお義母様は慌てた様子で宥める。

 自分への対応と明らかな差を感じ衝撃を受ける蒼葉だが、相手は取引先の娘さんなのだから仕方ない。


 蒼葉としても今にも泣き出しそうなレイをどうにかしてあげたいと思ってしまう。


「結婚する気はないと俺は何度も言っている」

「行雲。我儘はいい加減になさい」

「子どもは何でも親の思い通りになると思うなよ」


 親子はついに言い合いを始めた。

 びくびくしながらしばらく様子を窺っていたレイだったが、親子の言葉が途切れると、瞳を潤ませ呟いた。


「菖蒲さん、私のせいで済みません」


 あとひと言、行雲に冷たい言葉を投げかけられたら――。

 きっとレイは泣いてしまうだろう。


「大丈夫ですよ、レイさん。私もここへ来た日、旦那様に冷たく拒絶されましたから」


 堪らず蒼葉が慰めると、レイは行雲からは見えない角度でこちらをキッと睨んだ。

 お義母様も「お前は発言するな」という冷たい目で蒼葉を見ている。


(えっ、私何か変なこと言った!?)


 場を和ませるはずが、一層空気が悪くなってしまった。

 もう何も言うまいと蒼葉は体を縮こまらせ、目の前の『ひらめのむにえる』とかいうカリッとして柔らかな料理に集中する。


 皆、食が進んでいないようだが、食べ物に罪はない。


(ん〜〜〜!! 美味しい!!)


 味付けはこってりしているけれど、魚の身はさっぱりしていて思わずうっとりしてしまう。

 普段恐ろしいお義母様だが、こんなにも美味しい洋食の作り方を知っているのはやはりすごい。


 『こーんすーぷ』、『ほうれん草のきっしゅ』、どれを食べても頬っぺたが落ちそうだ。


「蒼葉」

「はい?」


 不意に名前を呼ばれた蒼葉は目を丸くし、対角線上に座る行雲を見つめる。

彼の声は先ほどより丸みを帯びていた。


「洋食のマナーを知ってるのか」

「まなー?……確かにふぉーくとないふはお箸より簡単かもしれません」


 蒼葉は洋食器の使い方を『かふぇー』で覚えた。正確には蒼葉のことを気に入ってくれていたお客さんが高級な『れすとらん』に連れて行ってくれたので、そこで教えてもらったのだ。


 意地汚く食べ過ぎたせいかどうやらその人にはそれきり嫌われてしまったようだが。


「百鬼家に嫁ぐのならフォークとナイフの握り方くらい知っていて当然のこと。そうやって出来損ないをつけあがらせるのはやめなさい」


 お義母様はぴしゃりと言う。

 

「でもすごいことだわ。()()のお家では洋食を食べる機会もないでしょうし」


 レイはおっとりした口調で褒めるが、目が笑っていないのが分かる。

 昨日の宣戦布告はどうやら幻ではなかったらしい。


「菖蒲さん、私は明日から和食でも構いませんわ。実家でもよく食べていましたもの、お作法も知っています」

「そうなの? 遠慮しなくていいのよ」

「嫁入りするんですから、私が百鬼家の皆さんに合わせなくては」

「流石ブラウン家の娘さんね。素晴らしい心構えだわ」


 レイはお義母様と会話をすると、勝ち誇ったような顔で蒼葉を見る。


 お義母様も蒼葉を下げ、レイを持ち上げるような発言を続けたが、行雲は一向に関心を示す気配がない。


 そんなこんなで地獄のような夕食の時間は過ぎていった。

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