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掌編置場

御桜会

作者: 須藤鵜鷺

 こんなのただの登山じゃん――牧野 日和は黙って心の中で毒づいた。

 フリーライターとして雑誌に記事を売りこんでいる日和にその情報を流したのは、古くからの友人だった。

「なんかすごい桜があって、みんなでお花見するみたいだよ」

「へぇ、それがおさくらかい?」

 リモート飲みの最中、友人はそんな話をした。とてもふわっとした、情報ソースも不確かな話。だが酒が入ったほろ酔い気分の二人はそれを気にすることなく話を進める。

「私も聞いた話だからあれだけど、めっちゃ綺麗らしいよー。でもなんか秘密にされてるっぽくてネットとかには載ってない」

「ふーん……」

「ね、どう?いっちょ取材してきたら?あたしも見てみたいし」

「えー。いけるかなぁ」

「いける!日和ならできる!」

 酒の勢いもあり、そんな風に乗せられた日和は次に行われるらしい日付を聞いて、当日朝に集合場所へとやってきたのだった。

 そこに集まっている人々の格好を見て、日和はさっそくまずったかなと思う。周りの人々が身につけているのは長袖シャツに帽子、ズボン、トレッキングシューズ。花見に行くというよりもいかにも「これから山を登りますよ」という出で立ちだ。日和のようなシフォン生地のブラウスやパンプス姿の者などひとりもいない。

(できればあんま目立ちたくなかったんだけどなぁ)

 友人の不確かな情報ソースからでは主催者につなぎをつけることはできなかった。そのためまだ取材許可もとれていない。とりあえず参加者に紛れこんでついていき、桜にたどり着いたところで事情を説明するつもりだった。それで普段の取材時のかっちりした格好よりもカジュアル寄りにして、花見客を装うような格好にしてみたというのに、これでは全然紛れられそうにない。

 先導する人のかけ声で、一団はゆっくりと動き始めた。浮いた格好があだとなって、他の参加者からはあからさまに不審の目を向けられる。日和は早くもいたたまれなくなった。

 しばらくすると、一団の向かう先は完全な山道になった。ハイキングコースのような整備された道ではあるものの、パンプスで登るには明らかに急な坂が続く。すぐに痛み出したかかとに日和はげんなりした。取材はときに足で稼ぐものではあるが、だからといって山登りなんてしない。こんなことなら見栄を張らずに普段から履き潰しているビジネス風のスニーカーにしとけばよかったと、今思っても仕方ないことを思う。

 ひと息つきたい、と膝に手を置いて立ち止まった、そのとき。

「あら、あなた数珠持ってないの?」

 近くを歩いていたおばあさんに声をかけられた。酸欠気味であまり働いていない頭で応える。

「え、あ、はぁ……」

「わたし予備持ってるから貸したげるわ。はい。……あれ、あんま見ん顔やねぇ。どこの娘さん?」

 言われてみれば、日和くらいの年齢の者はあまり見られなかった。もう少し年上だったり、今こうして話しかけているおばあさんくらいの年齢の者が多い気がする。こんな山登りだというのに不思議な感じはした。

「えっと、たまたま帰省してたので……」

 なんとなくごまかすように言うとその人はにこりと笑った。

「あらそう。信心深いのはいいことやねぇ」

「はぁ」

 おばあさんは満足げに日和を抜かしていった。

(……?)

 日和は渡された数珠をまじまじと見つめた。言われたことの意味も全くわからなかった。

 ぜぇぜぇと息をしつつ、なんとか足を動かしているとようやく一団の行進が止まった。どうやらここが目的地のようだ。少し開けた、砂利の敷かれた場所。そして一団が見つめる先には、仰々しい法衣をまとった、ひとりの僧侶が立っていた。

(え?)

 ぽかんと見つめていると、僧侶は一礼してから口を開いた。

「みなさん。今年も御桜会みざくらえへのお集まり、お疲れさまでございます。この桜の季節に故人を偲び、故人のつないでくれたご縁に感謝いたしましょう……」

 あいさつのようなものが済むと、僧侶はこちらに背を向けて読経を始めた。一団の人々はそれぞれの手に数珠をかけ、読経に合わせるように目を閉じて祈りを捧げる。

 日和はただ茫然とその様子を見守り、そして心の中で盛大につっこんだ。

(これのどこが花見だよっっ)

 しかしその一団から視線を上げると、日和はその眼前にあるものに圧倒された。

 一団のいる開けた場所から一段高くなったところに立つ、樹齢千年は越えていそうな巨大な一本の彼岸桜。大きな柵に囲まれ、広々と伸ばした枝は人工的に支えられている。うねるような幹から伸びた枝には、今が盛りとばかりに咲いた桜の花がこれでもかと重なっている。まるで薄紅の大妖のようなその姿に、日和は目を奪われた。この世のものではないかのような桜と、その桜のもとに祈りを捧げる人々。確かにこんな光景は見たことがなかった。

 この光景は、記事にするには荘厳すぎる。ひとつのため息とともに、日和は目の前の出来事を心の中にそっとしまった。

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