深淵は何を見るか
人の死は案外身近なものだ。身近にあるからこそ人は死を恐れるのだと自分は考えている。
死を恐れないものもいる。例を挙げるのだとすれば、死に最も近く未練がないものが当てはまるのかもしれない。しかし死に興味を示し、死こそ救済であるとほざいているような連中は死にたくないと言っているようにしか見えない。
けれど、それを自分はこう考えている。命を奪い続けるものこそ己の死に恐怖しないのだろう。
誰かのために死ぬのなら本望だと答えることのできるものは多くない。たいていは自分の命を優先し、友、そして大切な者ですら他人の命よりも自分の命を優先するのだろう。
しかし、いざ大切なものが自分のナニカを犠牲にして救えるのであれば。自分が喜んでそれを差し出すそう言う者もこの世にはいる。
だから未練がないものこそ死を恐れるが、それと同時にそれ自体を恐れてはいないのだろう。
だからこそ、自分は今、己が人であることを捨てよう。この世で一番、いや。いつ、いかなる時よりも大切な人のために自分は、人である自分を殺し、化け物となった何かが残るのだろう。それでもかまわないと決めたのは自分だ。
だからこそ、
【もしも、彼女を蔽う闇が決して消えないものであればそれを隠せる闇となり彼女を止める闇をさらなる闇で覆い隠し、彼女を導こう。彼女の望む物のためなら光を捨て闇になろう。
もしも、彼女を否定する影があるのならばその影を消し彼女にふさわしい彼女のためだけの影となり守り続ける存在となろう】
自分の世界を共有し合い、自分にとって有一無二の存在になってくれた彼女のためなら、化け物でも神であろうと殺そう。自分の世界を守るために自分は、それを壊すものを殺し続けよう。
「だからごめんな、○○○。俺がこれからすることを否定して恨んだりもするんだろうな。それは仕方ないことだって思う。だけど俺はお前を、これから先、そして今もずっと愛し続ける。だから最初で最後のわがままだ。【俺を許さないでくれ】」
そう言い放った彼に彼女は手を伸ばした。しかしそれはあまりにも遅すぎた。彼はもう自分の知る彼ではないナニカだったのだから。