表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書き込み日記  作者: ほな
8/42

三月七日

 そろそろ寝なきゃ。

 時はすでに十二時を超えていて、私以外は皆眠っていて。

 少しだけ気が高ぶる。

 夜更かしは健康に悪いからやめるように思っていても、中々やめられない。

 一人だけ取り残される感覚が心地よいからだろうか。

 うん。そうかも。

 夜風がするりとカーテンを揺らした。

 誰かがこっそり入ってくるような動きだな。もしかしたら、知らない誰かが家に忍び込んだかも。

「ぅーんっ…」

 固まった体を伸びながら、とんでもないことを想像してしまう。夜だからできる、有り得ない想像。

 これが夜の魅力なんじゃないだろうか。

 人は夜になると臆病になるくせに、どうして考えだけは大胆になるんだろう。

 昔は知らないから想像するしかできなかったから。それが受け継がれて、今になっても続くんだろうか。

 あーぁ、もう。

 頭が変に回り過ぎてとっかに行っちゃう。

 早く寝ないと明日、今日か。今日が消えるというのに。

 夜に溺れる時間なんかないのに。

 今日は朝早く、花を見に行くって約束したのにな。

「ぁ…」

 再びカーテンが揺れて、冷たい夜の風がふんわりと。顔を覆う。

 冷たいのに、温かい。疲れたんだろうか。

 疲れたんだろう。こんな夜中まで起きているから。

「ふ。」

 小さく息を吐いて、ソファから起き上がって窓に近付いていく。

 窓もちゃんと閉めないと。

 そう思い窓の前に立ったが、少しだけ。外を眺めたくって、夜風を感じたくって。

 ぼーっと。

 暗闇と輝きを見比べる。

 明るく動かない灯りと、こんな夜にも走る車の光と。

 楽し気に笑い合う大人と、酔いつぶれた人と。

 私みたいに、窓の外を覗く人と。

 目が会った。

 私と目が会って、少し驚いたんだろうか。ここでわかるくらい体がびくっと動く。

 こんな時間に外をじろじろ見る人もいるんだ。

 あの人は寝起きなんだろうか。眠れないんだろうか。

 どっちでもいいだろう。

 すぐにカーテンを閉めて、窓も閉めて消えたし。

「うん。」

 満足した。寝よう。

 月と、星々の輝きに向かって満面の笑みを返して。

 窓を閉めた。


「ほーら、朝だよー」

 体を軽く揺らす感覚がして、それから冷たい空気が体を覆う。

「ぁう…」

 まだ寒いな。ちょっとだけ体を温めたいな。

 体を丸くして、布団を強く抱える。

「おーきーろーぉ」

 お母さんが私の脇腹の上に顎を乗せて、ぐりぐりと動かす。

 痛いやぁ。

 それとちょっと痒い。止めて欲しい。

「起きたぁ。」

 ぱっと転んで、仰向けになる。

「起きてないじゃん」

「起きてんの。」

 すると今度はお腹の上に顎を乗せてきた。

 鬱陶しいな。

「うーむ。柔らかいねぇ」

 人のお腹で遊んでるねぇ。よくないよ。

「どけぃ。」

 足をばたばた。暴れてみる。

 本気に振り解くつもりはなく、その場を盛り上げる為の嘘みたいに。

「ま、この辺にしとくか」

 なのに、お母さんは離れてしまった。ちょっと残念。

 私の胸元を軽く二回撫でて、とん。

 叩いては部屋から出て行った。

「外で待ってるね」

 静かになった。

 鳥の囀りが聞こえたような気がして、ちょっとだけ微笑む。

「……んっ。」

 窓から降り掛かる光の束が目元に直撃して、眩しい。それと、目元が暖かい。

 目をぎゅっと閉じたままベッドからのろのろと起き上がる。

 力が入らないな。もう少し早く寝ときゃよかった。

 なんか視界がちょっとぼーっとする。しっかりしないと。

 顔を強めに振ってからベッドから降りる。

 ぅあ、床冷たっ。

 やや固まったまま、軽く腕と足を伸びながら部屋を後にした。

「ぅふ…」

 足の裏が冷んやりしてて気持ちいい。

「早いね。顔でも洗ってきな」

 お母さんは見えずに、パパがソファに座ったまま迎えてくれる。

 私の顔を見て、笑ってから視線を戻す。

 なに見てるんだろう。娘が寒そうにしているのに、朝からスマホばっか弄ってさ。

 ちょっとした悪戯心で、足を滑ってみた。

「ひぇっ。」

 パパの懐に飛び込む。

 自分で言うのもなんだが、意外と現実的な演技だった。

 才能あるかも。

「危ないでしょう。しっかりしなさい」

「ごめーん。」

 にひひと、笑いながら。

 見上げるとパパも一緒に笑顔になった。

 いいねぇ。

「ちょっとー、何でいちゃついてるのぉ」

 トイレの方からお母さんがばたばた近付いてくる音が聞こえる。


「ほー…」

 口から小さく音を出しながら息を吐く。

 暖かい日だね。

 まだ花が咲くには少し早いが、緑色の葉が公園のあちこちに芽生えている。生命力ということを説明するに相応しい景色だ。

「わぁあぁ」

 少し遠いところからボールに向かって走る幼児が見える。

 体の半分くらいはできそうなそれを軽々しく蹴ったり、持ち上げたりする姿がなんだか愛おしい。

 時々父親に向かってにかっと笑うと、父も同じ顔で笑ってくれる景色もいい。

「ちょっとぉ。抱き着かないの。」

 幸せな気持ちになって、のほほんとしているとどこからか声が聞こえてきた。わたしの声と似てるね。

 なんとなく、そっちを向くと。

「えぇ…?」

 わたしとすごく顔が似てる子がいた。

「ぉ?」

 向こうもわたしを見て、ぱっと固まる。

 固まったまま目を瞬く姿がとても今の自分みたいに見える。

 お互い眺め合って数秒。その子の母親に見える人がわたしを見て驚いた顔をしながら近寄ってくる。

 どうして?実は知り合いだったりそうなの?

「めっちゃ久しぶりだね!いやー、こんな所でも会うんだねー」

 なんだなんだ。はしゃいでるぞぉ。

「知り合い…?」

 わたしが、いや、顔が似た子が、あ、わたしもか……二人でなんとなく、同じタイミングでそう言った。

「あ、覚えてないんだ」

「誰?」

 あの子が母親の腕をぎゅっと抱き締めた。

 わたしは自分の腕をぎゅっと抱えた。

「涼花の娘だよ。二人ははとこ関係になるのかな」

 お母さんの兄弟なんだろうか。

「え、こっちもはとこ?」

 こっちもってなんだ。それよりはとこってなに?

「こっちもって何?」

「ぁー、色々あった。」

 もう気が抜いたんだろうか、わたしに近づいてくる。わたしはまだ緊張してるのに。

「どうも。マリエです。」

 年上なんだろうか。大人げだな。

「……ぁ、アイリです」

 ぼーっとしてた。よくない。

「うーんっ。やっぱ顔めっちゃ似てるね。」

 そっとわたしの頬に手を添える。

 え、なんかどきどきする。わたしこういうの好きだった?

「マリエは見た事ある?」

「うん。動画で見た。」

「え、動画見たの?嬉しいー」

 もしかしてわたしのファンなのかな?やだー、恥ずかしい。

「動画?」

「はいっ。わたし、やってるんで」


 ちょっとださいポーズをとって、お母さんを見上げるアイリ。

 急に人変わってない?

「ぅうっ……可愛いなぁ」

「ちょっと。」

 なんでそうなるの。私がいるのに。

「マリエも可愛いよ?」

 安心させるように私を抱き締めるが、視線はアイリに向けたままだ。

 ちょっと嫌かも。

 うぅん、かなり嫌。

「ちょっ、マリエ?」

 やや強引にお母さんを振り解いて、頬に空気を入れる。

 今なら私の方がもっと可愛いだろう。

「んもぅっ……!」

 少しやり過ぎたかも知れない。

「…………?」

 私の頬に頬を当てて、すりすり。

 目の前のアイリは目を大きく開いて、閉じたり開いたり。瞬きしながら首を傾げる。

 私もあんな感じで驚くんだろうか。

「いくら顔が似てても、お母さんには全部分かるからね?心配しなくていいんだよ」

 ちょっと、嫌かも。そろそろ離れて欲しい。

「えっと…仲良しですね」

 確かにそう見えるけど。

「このっ、可愛い奴めっ!」

 にっこにこしながら頬を擦るのはいいけど、少しは周りを気にして欲しいんだよもう。

 このままだとパパがくるまで終わんない気がするな。

「はぁ…」

 私が悪かった。もう嫉妬なんかしない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ