三月六日
「金曜日だから遊ぶぞーぉ」
「ぅーん。」
今日は早めに帰りたいなぁ。
帰ろっか。
「今日は無理。また今度にしよ。」
騒がしい音を後ろに、教室から出て。
学校から離れて。
気が付いたら公園のベンチに座って木陰に身を預けていた。
意識がぶっ飛んだ感じだな。ちゃんと覚えているのに。
あれ、曖昧だな。
もう忘れちゃったのかな。
「んー?おねーちゃんだぁ」
「ぁん?」
あらら、こんなところでも会うんだ。
今日は誰と遊びにきたのかな。
「久しぶりだねぇ。」
「ひひ」
可愛い笑い声だねぇ。
赤ちゃんだねぇ。
「元気だねー。」
「げんきだよー」
膝の上に乗り込んだら、抱き着いてくる。
「おねーちゃんすずしぃ」
「そうかそうか。よかったねぇ。」
木陰が涼しいって意味なんだろうか。私が涼しいって意味なんだろうか。
私って普通の人よりちょっとだけ涼しいって言われたから、私の方かも知れない。
「ぅんん」
顎を擽るように撫でると気持ちよさそうで、擽ったいような。
曖昧な顔になる。
「今日は誰と遊びにきたん?」
「おかぁさん」
撫でられてもちゃんと返事するねぇ。偉いねぇ。私がこの年頃だった時は一つしか出来なかったのに。
「お母さんどこぉ?」
「しらない」
知らないんだ。
「なんで?」
「いなくなった」
また迷子なのか。初めて会った時も迷子だったよね。その時はお姉ちゃん捜ししてたっけ。
じゃあ今日は母親捜しなのねぇ。
「じゃあお母さん捜しに行くか。」
「ぅうん」
違うのか、大きい頭を左右にゆらゆらした。
「なんで?」
「じっとしなさいって」
迷子になったらその場でじっとしてろってことかな。いいことだと思うよ。
でも、ちょっと騒がしい子だからできないんじゃないかな。
「わっ」
散歩してる犬に気を取られて、今でも走り出しそうだ。
「こらぁ。」
膝の上から飛び降りようとしたのを抱いて止める。思ったより軽い。
「じっとするって言ったでしょう。」
お母さんがくるまでは面倒見てあげようか。三度も会ったってことは、運命みたいなもんがあるってことなんだろう。
こんなちっちゃい子と運命かぁ。
「ぅー」
文句を言いたいけど言えない時の声だ。
「犬、見に行きたい?」
まぁ、公園の中なら歩いてもいいのかな。
「うん…」
近くでうろうろするのはわかってくれるだろう。うん。
運命とは、思ったよりすごくて。
「お?」
「ぁ?」
よく出会えた小さい子が、自分と繋がりがある。みたいな物語はよくあることなのかも知れない。
「あまと……恵舞の…」
おじいちゃんの、お姉ちゃんの、孫娘。
孫娘かぁ。
「マリエです…」
はとこだったんだ、あまちゃん。
「おねーちゃん、おかぁさんとしりあい?」
「そうなるねぇ。」
不思議そうな顔で見上げるあまの頭をとんとん、叩いて。
「知り合いだったねぇ。」
「?」
偶然かぁ。運命なのかも。
「おねーちゃん?」
「そうそう。お姉ちゃんだよぉ。」
にひひと笑いながら、屈んで視線を合わせる。
「ひひ」
あまは笑顔に笑顔で返せるいい子だね。
そういえば、一昨日出会った時のパパさんが私みたいな人にとか言ってたな。そっちはもう知ってたのか。こっちは全然わからなかったのに、申し訳ないな。
「仲いいね……」
「一昨日と、四日前にも会えたので」
「おととい!」
知ってる単語が出て嬉しいのかな。
「めっちゃ会ったじゃん…」
そうですね。二日に一回で会ってますね。
「えへん」
あまが嬉しいのか、母親に向かって偉そうな顔になる。褒め言葉に受け入れたのだろうか。可愛いやつめ。
「ぉん?」
胸を張るあまを後ろから抱き上げる。
軽いな。小さいなぁ。
「どうぞ。」
「あっ、ありがとう」
そのまま物を渡すようにあまを手渡す。いつもこう、手渡す気がするな。
「ぅん?」
母親の元に戻り、胸元に収まったあまが目を瞬きながら私を眺める。
私も、あまの瞬きに合わせて閉じたり。開いたりしてみる。それがまた楽しいのか、見せてくれるのだ。
子供だからこそ出せる、ただただ無邪気な。眩しい笑顔を。
「じゃあ、お姉ちゃん帰るね。」
「うんっ」
自分から思うのもなんだけど、そのお返しに浮かべた私の笑みにも無邪気さが増した気がした。
何故か家にはパパが帰っていて、立ったままなんかやっていたので。
こっそり後ろから抱き締めながら挨拶する。
「ただいま。」
「うわっ」
情けない声。
「後ろから抱き着くのはやめろって約束したんだろう」
「抱き着いてないし。抱き締めたもん。」
声は情けなくても体はしっかりお父さんで好き。
「じゃあこれからは後ろから抱き締めるのもやめなさい」
えー、やだー。
「なにしてた?」
「何でもいいでしょう」
なんか連れないなぁ。
「ねぇパパぁ。」
まぁいいか。
「遊んで。」
パパが内緒にしていることだから、サプライズの類なんだろう。
そういう人なんだから。うちのパパは。
「ぅーあ…」
体が疲れた。
玄関の鍵を回して家に入りながら、軽くストレッチをする。
危ない音がするな…
「お帰り。」
帰って早々、娘に抱かれる。何って幸せな日常か。
「へへ、ただいまぁ」
つい、情けない笑い声が出てしまう。仕方ないか。可愛い可愛い愛娘が抱っこを強請ったんだから。
嬉しいな。
嬉しいのは嬉しいけど、どうして迎えてくれたんだろう。
「パパ、仕事で遅くなるんだって。」
寂しかったんだろうか。
お父さんが居なくて、寂しくて。
「可愛いーっ」
「なんで?」
全く、マリエったら甘えん坊さんだから。
でもそれを言わずにちょくちょく見せる所が愛おしい。自分なりにちゃんと隠していると思っているのだろうけど、見え見えなのが堪らない。
「もうっ、もぅっ」
普段ならこうやって撫でまくるのを嫌ってた筈なのに、今は渋い顔してるけど全く抵抗しない。
あぁもぅ。
疲れが取れるね。