四月十一日
お昼過ぎの、だらだらと意識が遠のくのを楽しみながらベッドを寝転がる。
スマホもなく、本もなく。
お母さんもなく、パパもなく。
一人で、うとうと。
ベッドの上で窓の外の景色を眺める。
家の外には雨がしとしと、雲の隙間から零れ落ちていて。湿った空気でいっぱい。
あまり外に出たくない日だ。
こういう日はクーラーでもつけて布団の中に入って暖められるのが一番だ。でもまだそういう季節じゃないから、ただ布団の中に潜るだけにした。
これはこれで悪くないし。
「ふぅぁあ…」
眠いなぁ。寝ちゃおっかな。
でも寝たら今日が終わっちゃうな。
せっかくの休みなのに、あっという間に消えるのは勿体ない。でも寝て過ごすのはかなり素敵な休日の過ごし方なのではないだろうか。
眠れば体は回復して、頭もすっきりするだろう。別に体が疲れた訳じゃないし、頭も晴れ晴れだけど。
寝たらもっとよくなるだろう。寝過ぎはよくないと言われるけど、私まだ若いから。
きっと大丈夫。
「ん。」
急にばたんって、勢いのまま部屋のドアをこじ開ける音がした。
お母さんなのだろうか。
「こんにちは。」
顔だけ上げて見たら、お母さんだった。
「寝てた?」
「うん。お昼寝中だったの。」
「赤ちゃんだね本当」
真っ直ぐに私に近付いて、私の真横に腰掛ける。
「お母さんの娘だもの。」
「お母さんはもっと元気いっぱいだったのよ?休みの日なんて、朝の五時に出て夜の九時くらいに帰って来たんだから」
「ほぇー。」
布団を捲って、私の喉に手を添える。
「んみゃっ。」
冷たくてつい首を引っ込めてしまう。
「ふふ…暖かい」
でもすぐに、そのひんやりとした感触に身を委ねる。まるで露天風呂で首だけ外に出した感じだ。
気持ちいい。
「今日は特に予定とかある?外に出るとか、これからまた寝るとか」
「ないよ。」
「よかった」
冷たかったお母さんの手はすぐに私の温もりを奪い、熱を帯び始めた。
「この前さ、服をたくさん買ったじゃん?だから衣装部屋とか作ったらどうかな思ってね」
「うん。」
暖かい手ですりすりと、顎を撫でる。
ちょっと鬱陶しい。
「ちょっと前からちょくちょくマリエの衣装部屋を作ってたらね?丁度さっきで作り終わったの」
「ふーん。」
お母さんって意外と、内緒で作業するのが上手なのかも知れない。
全然知らなかったし。
「だから、見に行こ?お母さん頑張ったから」
でも、そういう空間が家にあったっけ。そもそも私の服ってまだ私の部屋にあるんじゃないの?
寝てる間に持ってったのかな。
行ってみればわかるのかな。
「いいよ。」
「ふふふ、じゃあ行こっか」
最後に私のほっぺたをとんとんと叩いて、お母さんがベッドから起き上がった。
「家じゃなくね?」
衣装部屋に行くのに何故かスーツを着込んで、お洒落な靴を履いて、家の外に出て来た。
「家の中に作ったって言ったっけ?」
「言ってないけど。」
私の服は私の部屋の中にそのままにいた。じゃあ衣装部屋にはどんな服があるのか。
そもそもどこにあるの。
「街中じゃん。」
「せっかくならお洒落してる人々を眺めながら服を選ぶのがいいんじゃないかなって思って」
「外に出る為に着る服を、外に出ないと着れないってなんなの。おかしいじゃん。」
「モデルになったと思えばいいじゃない。家では簡単に着込んで、本番は衣装部屋でって感じで」
モデルじゃないのに私。
なりたいとも思わないし。
「とにかく着いたよ。ここ」
「会社じゃない?」
お母さんが連れて来てくれたところはどこからどう見ても、会社だった。
会社のエントランス。なんの会社かはわからないけど、どこかちゃんとしてそう。
「衣装部屋を貸してくれたりする会社だよ。ここの六階にマリエのがあるの」
「ほぇー。」
毎日ここで服を着替えると、なんだか偉い人になった気分になりそうだ。
お母さんと並んでお洒落で、落ち着いて、少し寂しいエントランスの中に足を踏み入れる。
カウンターらしきところに人が一人。カウンターだけ見るとホテルのようにも見える。
「ちょっと待っててね」
「うん。」
さっきまでの、嫌々としていた私はすっかり消えて、これからどこに入ってどんな景色が見れるのかなって期待している自分が感じられる。
来るのはちょっと面倒だったけど、やっぱりこういうところを目の当たりにすると興奮するのは仕方ないのだろう。
「さ、入るよ」
「はーい。」
お母さんが何らかの手続きをしてから、鍵を手にしたまま共にエレベーターに乗った。
「ねね、お母さん。」
「なになに?」
エレベーターは遅く、ゆっくりと動く。扉が開く事も、ゆっくり。そこに乗るのもまた、ゆっくり。
お母さんと足並みを揃えてエレベーターに乗った。
「どんな服があるの?ここ。」
「あなたの服があるよ。詳しくは、コスプレじゃない服がここにたくさん入ってる」
「でもでも、私の部屋にも服はあったじゃん。」
「うん……それがね、ちょっと」
言いたくなさそうだな。
「新らしく買った?」
「買ったんじゃなくて、貰ったの」
「嘘。」
「本当だよ?お金は使ってないから」
「お金は、使ってないんだ。」
何を使って服を手に入れたのだろう。貰ったは流石に嘘に違いない。
「ちょっとだけ、写真とか見せてくれただけなのに、あれこれ着て欲しいってたくさん送ってくれて……本当に相手が勝手に送ってくれたんだからね?お母さん別に何もしてないから」
「必死だね。」
「だぁって」
必死に言い訳を述べるお母さんの横に、ゆっくりとエレベーターが開かれた。
「……ぉ?」
「あっ」
そのエレベーターの向こう、廊下らしく見えるところにはどこか見慣れた顔が一つ。
向こうも私のことを知ってるような反応だった。
どこで見てたっけ。めっちゃ記憶の中にあるけど、どんな記憶の中にあるのかは思い出せない。
「あ、こんにちはー」
「こんにちは…こちらへどうぞ」
んー。
なんか思い出せそうで、思い出せないこのもどかしさ。とてももやもやしてて、嫌だ。
「……ではごゆっくり」
お母さんとなんらかの会話を終えて、そそくさと帰って行くその後ろ姿を見ると、ぱっと頭の中を走る記憶があって。
「じゃあ入ろうねー」
それは、この前のちょっとやべぇー人の事だった。
見なかったことにしよう。




