四月九日
人が目を覚める時はいつも、周りがざわついてる時が多い。とても、多いのだ。
「ぅー…」
夢の中からここに戻った私の目の前には、お母さんを抱え上げるパパの姿がいた。それもただ抱え上げるのではなく、いわゆるお姫様抱っこって形で。
まだ夢を見ているのだろうかと、思ってしまう。
だって二人でいちやつくのならお互いの部屋ですればいいんだもの。私の部屋に来る理由ないし。
まぁいっか。
両親が仲良しなのはいい事だ。
二人がもっと仲良くなるように、ここはもっかい眠っちゃお。まだ時間は余ってるっぽいし。
そう思って布団をぎゅーっと、抱えた。
「……起きたっぽいよ?」
「大丈夫…多分、寝てるよ」
あら、二人ともかなり恥ずかしがってるみたい。
声がすごく震えてる。単に疲れたからなのかも。
「そうかな…?なら、まだ完全に起きる前に止めた方が…いいんじゃない?」
なんだなんだ。
「うぅん、今じゃなきゃ駄目なの」
何を企んでいるのだ二人は。
私のベッドにお母さんを投げ付けたりするのかな。
そんなわけかいか。
「…じゃあ、やるよ…?」
「うんっ」
なんだろう。ちょっと気になるな。
「……ぁ、やっちゃった」
寝るのをやめて二人を待っていたらなんと、私の真後ろにお母さんが降ろされた。
それからぎゅーって、私を抱き抱える。
なんだなんだ。
いつも通りじゃないか。
私が抱えたいならベッドに入ればいいのに、なんでパパに抱かれてたのだろう。
お母さんなりのロマンだったりするのか。
好きな人に抱かれて、好きな人の隣に寝かせられるのがロマンって不思議な考え方だな。
でもお母さんだし。
「ほら、あんたも早く」
「うん…」
これだけじゃないのか、お母さんがパパを呼んだ。
このまま二人に抱かれるのだろうか。それじゃあ、全くいつも通りなのでは。
「……ん、なんか、いつも通りって感じ」
お母さんも同じ事を感じたのか、私を囲むように寝転ぶパパを見てそう呟いた。
「いつも通りだからね」
全くその通り。
「せっかくだし、もっかい寝ちゃおっかな」
「寝たら遅刻するよ?」
「えー」
私を挟んで、二人で静かに。ひそひそと語り合う。
これは、いつもとはちょっと違うな。
「遅刻する前に起こしてくれればいいじゃん」
「一人で寝るつもりなの?」
「それもそうか。じゃあ、一緒に遅刻しちゃう?」
お母さん、なんか年上っぽい。それも、めっちゃいけないお姉ちゃんって感じ。
パパと付き合う頃はこんなんだったのかな。
「一日くらいは投げ捨ててもいいのよ。そんぐらい、なんとか埋め合わせ出来るから」
わぁ、なんか素敵。
「そう言って周りに散々迷惑かけて来たんだから、今日は駄目。寝坊はちゃんと休みを取ってから」
「うるさいねぇ。お姉ちゃんの言う事聞けないの?」
「お姉さんの頃はもう過ぎてますよ、お母さん」
「えぇー、二人の時は昔のままにいさせてよ」
二人って、二人の時はこんな感じなのかな。
そういえば前に盗み聞きした時もお姉さんとか言ってたよねパパ。
じゃあ二人の時はこれが普通なのかも。
お母さんの声色がいつもとはとても違う。いつもの、だらしないお母さんじゃなくって。
色っぽいお姉さんみたい。吐息も多めだし。
なんかべたべたする感じもする。
いつもより声も低いし。
聞いてて安心する。
パパはいつも通りだけど。
「起きちゃうかもよ?」
「大丈夫。起きるにはまだ…」
こういう時のお母さんって、どんな顔をしてるのだろう。やっぱり艶かしい顔?
だらしない時はだらしない顔してたから、きっと大人の魅力を感じさせる顔なのだろう。
そっと顔を上げて、お母さんを見ると。
「あ。」
目が合っちゃった。
顔はいつものだらしない顔だ。ちょっと馬鹿みたいな、私と似てる顔。
まぁ流石に顔までは変わらないか。
「おはよう。」
雰囲気を作るのに顔は意外と役に立たないからね。
「わっ。」
お昼ご飯を食べ終えて、教室を出たらすぐ誰かに抱き着かれてしまった。抱き着かれるって言うより、ぶつかったのが正しいのかも。
なんの前触れもなく、唐突にだ。
「ご、ごめんなさい」
そっと抱き着いた人を見ると、見知らぬ人だった。違うクラスの子なのだろうか。
「こんにちは。」
「あ、こんにちは」
挨拶してみると、挨拶してくれた。いい子なんだね。
でもどうして抱き着いたのかな。
ちょっと息が荒いし、顔も赤みを帯びているから、走ってたのかも知れない。
でも廊下で走るかな。
「本当にごめん。走ってたらつい…」
廊下で走るんだ。
「なんで走ってたの?」
「追われてるんだ。陸上部に入れって、言われて」
陸上部かぁ。いや流石に陸上部でも、廊下で走り回ったりはしないと思うけど。
「あぁ誤解しないで?陸上部の人は走ってないから」
そうみたいだ。やっぱり廊下では歩かなきゃ。
「じゃあなんで走ってた?」
「追われてるからな」
追う相手は歩くのに、追われる側は走るのか。
私とあまくらいの身長差でもあるのだろうか。でないと片方だけ走るのは不公平だけど。
「そうなんだ。」
まぁそれなりの事情があるのだろう。
「大変なんだね。」
「全くいつも通り」
運動が得意じゃなくてよかった。
もし私も走るのが得意だったらこの子みたいに追われてたのだろうか。
「うゎ、また来た…」
「あれ?」
人に向かってあれは失礼か。
「うん。あれ」
でもあれって言うしかないほどの、高く聳え立った人なんだもん。パパより大きいし。
バスケとかやってるのか、かなりでかい。
でも陸上部みたいだし。
「速いねぇ。」
あんな高かったらただ歩くだけでもかなりの速さなんだろう。走って逃げるのもなんとなくわかる。
私があの人から逃げるには、走るしかないだろう。
「逃げなくてもいいの?」
「あ、あぁそうだった!ごめんっ、また今度」
「ぁん。また今度。」
そう言って彼はぱっと私から離れて、走り始めた。
速いなぁ。でも、背がちっちゃいからめっちゃ頑張っても距離が縮まるばかりだ。
陸上にも身長は大事なんだね。
ここが校舎の中だから、人が多いからもっと速度を出せないのかも知れない。
「だれだれ?彼氏でもいたの?」
「知らない人。」
「でもあんなにぎゅーってしてたのに?」
「私ってよく人に抱かれるからね。」
「そうかな…?そうかも」
どこかに行くつもりだったけど、どこに行くつもりだったのか忘れたので教室戻る。
すると朱莉がとても興味深い目で私を見てた。朱莉以外のクラスの子達も興味津々に私を見る。
「抱かれてどうだった?」
「ちょっと汗臭かった。」
「あらぁ…ロマンチック」
「そうなんだ。」
汗臭いのとロマンチックのどこが繋がってるのかはわからないけど。
私以外の女の子は、数は少ないが男の子達も、そのロマンチックな出来事に感化されたのだろうか。
自分の匂いを嗅いだ。
なんか嫌だな、私の言葉一つでみんなが自分の匂いを嗅ぐのって。
「えいっ」
「どったの、朱莉。」
「わたしの匂いはどうかなって」
これからは私に自分の匂いを嗅がせる為に抱き着いてきたりするのかな。
流石に、嫌かも。
「私そういう趣味はないの。」
「あら残念」
授業が終わり、そろそろ帰る際。
今日はなんだか早めに家に帰りたかったので、誰にもばれないようにこっそり下駄箱にまで忍び込んだ。
幸い誰にもばれてない。
今日はゆっくり帰れそうだ。
「ね、ちょっと」
「ん?」
靴を履き替えた途端、誰かに声をかけられた。
誰なんだろう。
「こんばんは、神崎さん」
「こんばんは。」
同じクラスの子だ。名前はわからない。
「どうしたの?」
「ちょっと、抱えてもいい?」
なんで。
「うん。」
まぁそれなりの理由があるだろう。人の温もりが欲しいとか、不安で仕方ないとか。
「……ちっちゃいね」
「まだまだ成長中ですので。」
背高いなぁこの子。私より頭一個分は上なんじゃないかな。お母さんと同じくらい。
羨ましいなぁ。私も大きくなりたいな。
「ちっちゃいとやっぱ可愛いんだよな」
「かっこよくなりたいのにね。」
それにしてもどうして抱いたのかな。
聞いてみよっかな。
「どうしたの?急に抱いて。」
楽しくない理由のせいなのかも知れないので、いつもより優しく声を放つ。顔もにこにこ。
「…どんな匂いかなって」
「匂い?」
何を言ってるんだこの子は。私の匂いの事なのか?
そう言えば私、マシュマロの匂いがするとか言われてたけど。それのせいかな。
「私の匂い、どう?」
「どうって言われてもねぇ。」
またその話しか。
今日は匂いの話しが多いな。
「どんな匂いがするの?私って」
自分で嗅げばわかるはずなのにな。なんでみんな私に嗅がせたいのだろう。
鼻もあまりよくないのに私。
「ほんの少し柔軟剤の匂いと、陽だまりの匂いと、後は汗臭さだけかな。」
みんな変な性癖だ本当。
「神崎さんは甘くてふわふわなマシュマロみたいな匂いがする。香水でもつけた?」
あ、またマシュマロって。
うちの柔軟剤ってマシュマロの香りなのかな。
「うぅん。私は肌から甘いから。」
「ほんと?舐めてみてもいい?」
「駄目。」
なにこの子。




