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書き込み日記  作者: ほな
4/41

三月三日

 ふと意識が覚めた。

「あぅ」

 頭ぼーっとする。

 目を開くのが難しい。

 固いのに顎を乗せていたせいで顎も痛い。なにに乗せてたんだろう。

 取り敢えず目を開けてみた。真っ黒だった。

 瞬きしても同じく、真っ黒。

 何時なんだろう。まだ夜中なのかな。

 顔を上げるとパパが寝ていた。

 まだ夜中なんだ。

 パパより早く起きたのって久しぶりだな。いつもは私より早く起きてご飯作ってくれるから。

 まぁそんなパパが寝てるから、もっと寝ていいんだろう。うん。

 寝よっか。

 目を閉じて、体から力を抜いた。

「ぅ」

 パパの胸にほっぺを当てて、ぼーっと。心が和らぐ温もりが伝わってくる。

 なにも考えず、頭が真っ白になった。なのに眠れない。体はものすごく眠たいと訴えてくるのに、頭は寝たくないと言い張っている。

 ぼーっとするけど、眠れないまま。

 どうしよう。

 パパの胸にほっぺたを擦りながら悩む。

「んん」

 耳からしゃらしゃらって音がした。それと光ってる。緑色だ。

 これが今の私を文字に変えて、どこかに記録しているんだろう。不思議だな。なにが書かれているんだろう。私の動きが書かれているのだろうか。私の考えが書かれているのだろうか。

 もう眠れそうでないから、日記でも見てみよう。

「マリエぇ……?」

 のそのそベッドから起き上がると、お母さんを起こしてしまった。

 お母さんが起きるとちょっと騒がしくなる。それはやだ。まだ静かにいたい。

「んふ……」

 お母さんの頭を撫で撫でと、摩る。顔がとろーんとしてきた。子供っぽい顔だな。

「…ぇへ……」

 ただただ頭を撫で続ける。効いてるけど、聴いてないような……気がした。

 目はすっかり瞑っているけど、私の手を追うように頭が動く。寝かせるんじゃなくて起こせるような気がする。

「まりぇ…」

 やばっ

「んへへ……」

 抱き締められた。

 手はお母さんの手で縛られて、足はお母さんの足で縛られる。お母さん全身が私の全身に抱き着いてきた。

 逃げられない。

「ひんやりする……」

 寝起きの熱を、体で吸っていく。お陰でお母さんは完全に目が覚めた。

「今日は早起きだね…」

「うん。」

 抱き締める力が少し弱まった。

「ちゃんと寝たの…?こっそりゲームとかしたんじゃないよね……?」

「してない。」

「そう……」

 私の額に顎を乗せて、ぐりぐり。

「ちょっと。」

「んふふ」

 嬉しそうに笑って、私の顔を胸に押し付ける。息苦しい。

「ちっちゃいなぁ」

 もう子供扱いされたくない年頃なのに。

「お母さんの中にぜーんぶ入っちゃった」

 お母さんに埋もれた。悔しい。

「ふふ……お母さんもお父さんも、二人とも結構大きいのにぃ、マリエはこーんなにちっちゃいんだぁ」

「むーぅ」

 口を抑えられて話せない。

「変だなーぁ」

 撫で撫で。めっちゃくちゃに頭を撫でられる。激しく撫でられて、髪が荒れる。

「お母さんが毎日撫でて育てたせいかなぁ?」

「んーむ」

 多分、お母さんの言う通りかも。

「このままだとちーっちゃい大人になっちゃうよぉ?それでいぃ?」

 急に煽られる?

「マリエがちーっちゃい大人になったらぁ…一部の人には刺さるかもぉ」

 なになに?

「大人なのに…中学生っぽい見た目してぇ…」

 ??

「声も幼くて……顔も、体も幼くて…」

 二度寝する時みたいに、言葉が絶え絶えになっていく。

「いいなぁ……お母さんも…ちっちゃいマリエが好きだよぉ…」

 よーくわかんない。

「うへへ…」

 お母さんの抱える力が弱まっていくのが伝わる。本当に二度寝するんだ。

 私もちょっとだけ、眠くなってきた。

 今なら寝れるかも。

「好きぃだよぉ」


 朝日がほろほろと騒がしい木を照らした。

 二度寝でまぁまぁになった頭が覚えたのはそれだけで。

 ちょっぴり暖かい陽だまりで目を閉じていると、すごくいい気分になって。

 また、寝落ちそう。

 だから早めに学校にきた。

 青緑色の木の葉が窓越しに見える。寝起きに見た風景と似ている。

 春風って涼しくていいな。

「んーぅ」

 教室の陽だまりに座って、体を伸びる。地面と壁が冷たい。

 服の擦れる音がした。

 毎年の春にはいつもこうやって座っていた気がする。

 日差しが唇を温めていく。

 こうしていると、いつも誰かが隣に座ってくれてたな。初めて見る子もよくよく座ってた。私って親しみ易い見た目しているのかな。

 昨日は子供が抱き着いてきたし。

 あの子、普通の子供とはちょっと違ったな。言葉遣いもそうだったし。我慢も出来たし。

 いい子だったねぇ。私は幼い頃すごく我儘だったのに。

 寝る時間になると寝たくなくて大暴れしてた。だから毎日誰かに抱き抱えられたまま寝てたな。

 隣に誰か座った。

 体が人の中に収まる感覚が好きで暴れてたのかも知れない。今も肌の温もりを感じるのは好きだし。

「唇あったかい」

「どこ触るの。」

「あったかいところ」

 遠慮なく唇に触れてくる。失礼だな。

「唇ぷるぷる」

 人の唇をコントローラーみたいに弄びやがって。

「えぇいっ。」

 唇がちょっと痒い。

「あぁー」

 残念そうな声をあげる。

「触りたいのにぃー」

 今度は頬を触り始めた。私をなんだと思っているの。

「めっ。」

「いたっ」

 強めに頭を叩く。

「酷いよぉ。女の子は花でも殴るなって言ってるのに」

「聞いたことないけど。」

「だからってー」

 今度は頭を擦ってくる。私より大きいのが、すりすり。猫が匂いを付けるように。

「ちょっと。」

「やめないもんー」

 強引に、同時に優しく。


 帰り時。

「マリエぇだ」

 お母さんと会った。正確には、見付かれた。後ろから抱き締められている。

「学校帰り?」

「うん。」

 顎を掴まれて持ち上げられる。

「お母さんも帰りなの?」

 外でこうされるのはちょっと抵抗感ある。恥ずかしい。

「うぅん。仕事中に窓からマリエが見えたから出てきた」

 なにそれ。やばくない?

「いいの?」

「多分、いいよ」

 適当な会社だな。

「ね、お母さんと花見しに行かない?」

「まだ桜も咲いてないのに?」

「春の花は桜だけじゃないの」

 それはそうだけど。

「嫌?」

 また額に顎を乗せてきた。今朝もこうだった気がする。

「今行くの?」

「マリエが今行きたいなら」

 えぇ…行きたくない…

「行きたくないんだ。お母さんとお出かけしたくないんだぁあ」

「なによその言い方。」

 ちょっと嫌な言い方だな。

「だって、お母さんと花見に行くのが嫌いってマリエが言ったからぁ」

「言ったことないけど。」

「言った事ないけど、そう思ったでしょう?お母さんには分かるもん」

 ぐりぐり。顎で額を弄ってくる。

「やめてよ。外でなにすんの。」

「娘を愛でてるだけなのに」

「そんなん家でしてもいいじゃん。」

 これ、嫌いじゃないけど。

 外でされるのは嫌だ。恥ずかしい。

「ふふ、思春期だねぇ」

 なにもかもわかってるって声色で。

「昔のお母さんとそっくり」

 楽しげに言う。

「嫌なら嫌だって言っていいよ。お母さんも昔はそうだったし」

「行きたくない。」

「そっか」

 嫌って言ったら、あっさり諦めてくれた。いつもと違う。

「じゃあ海行こっか」

「なんで?」

 諦めたんじゃなかった。

「お母さん、今すっごくマリエと思い出作りしたい気分だもん」

 なによその気分。

「海も嫌。」

「なーんでー」

 急に抱く力が強くなった。息苦しい。

「お母さんはこんなに愛してるのにぃ、マリエったらいつもこうやって嫌々言うばかりだからお母さん悲しいよぉ」

 うるさいな。

「あぁっ、今うるさいって思ったよね?全部顔に出てるから分かるのよ?」

「うるさい。」

「今言ったなぁ!?」

 なによもう。

 そろそろ帰りたいのに。

「もうっ、悪い娘だな」

「離せっ。」

「やだもん。マリエが花見行こうって言うまで離さないもん」

「えぇいっ。」

 煩わしい。

「お母さんと花見行くって言え!」

「痛いっ。顎乗せんな。」

 なんで急に餓鬼みたいになるの。

「ぅーっ。」

 どれだけ足掻いてもお母さんの中から逃げることは出来ず、力だけが抜けていく。

「花見!花見!」

 私が疲れるのと逆にお母さんは強くなって、だんだん顎とお腹が痛くなる。

「痛いって。」

 いらいらする。

「うりゃっ」

 爪を立ててお母さんの腕を殴った。

「痛っ?!」

 抱く力が少し弱くなった隙に顎を掴んでいた手を振り解く。

「暴力は駄目でしょう?お母さん痛いなぁ」

 これぐらい抵抗したら本当に諦めてくれたみたいで、私から離れていく。

「ただ娘と思い出が作りたいだけなのにぃ…マリエったら……」

「行かないもん。」

 ふんっ、と。

 わざと声にして拗ねる。


「あら可愛い」

 昔の自分とそっくりな娘が、昔の自分とほとんど同じ動きをする。

 可愛いな。

 あたしを見ていたお母さんはこんな感じだったんだろう。これは可愛くて仕方なくなるのも分かる。

「ふんだ。」

 拗ねてそっぽを向いてもあたしの前に居てくれるのがまた堪らなく愛おしい。

 思春期だったあたしと似てるけど、もう少し優しい感じ。これはパパのお陰なんだろう。

「えーぃん」

 もう少しだけ拗ねた顔が見たいから、抱き着くつもりで襲いかかったけど避けられた。

 素早いなぁ。

 もうっ、手強い娘だな。

 お母さんに抱かれるのがそんなに嫌なのかな。

「もう帰るから離して。」

 怒る姿も可愛いな。

 両頬をぱんっぱんにさせて、ふんって分かりやすく声にして。

 これなら何時までも見られる気がする。でもそろそろ帰らなきゃ危ない時間だし、我慢しよ。

「んーぅ?」

 膨らんだマリエの頬が縮まるまで口付けをして、離れる。訝しがる顔もいいな。

「お母さんそろそろ仕事に戻るからね?一人で帰れる?」

 このまま別れたくないな…花見行きたいなぁ……

 土曜日に三人で行こっか。うん。

「子供じゃないし。帰れるもん。」

 楽しいだろうな。家族皆で花見。

「お母さんからしたらマリエなんて赤ちゃんのようなもんだよ」

 楽しみだね。

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