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書き込み日記  作者: ほな
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三月一日

 夢を見て、なんだかふわふわな気分になって朝に目を覚ます。

 動物とじゃれ合ってる夢を見た。多分犬と。

 もふもふな毛並みが未だに薄らと脳裏に残っている。

 その夢をなぞるように、手を動かす。寝ていたお母さんのお腹がぐるぐると撫でられる。

 服の上からでも感じられる少しの膨らみ。太ったのかな。

 揺さぶってみた。ぶるんぶるんと震えるのを期待したが、あまり反応はなかった。

「ん……」

 少しやり過ぎたせいか起きそうになってしまった。

 お腹を弄っていた右手でお母さんの目を覆う。この前見た動画では子猫の顔を覆うと寝落ちていた。

 でも、人には通じなかったみたいで。

「なにぃ…?」

 お母さんは猫でもないし子供でもないから効かないのは当たり前なんだろう。

「おはよう。」

 横になったまま抱えられているから、見上げる形でお母さんに朝の挨拶を渡す。眠たげな瞼の間から青い水色の、私と同じ色の瞳が見える。

「まだ朝じゃないじゃん……もう少し寝よう…?」

 時計を見てないから時間をわからないので、適当におはようと言ったけどまだ朝じゃなかったみたいだ。

 なら、まぁ。このままでいいか。

「んっ」

 私も二度寝しようと目を閉じた瞬間。顔がお母さんで埋もれる。寝ぼけで抱き締めてきたんだろうか。力加減せずぎゅっと私を自分の体へと押し付けるから、息苦しい。

「んふふ……」

 もう眠って、もう夢を見ているのか。お母さんは少しの笑い声を出しながら私をさらに強く抱き締めた。息が苦しい。

 慣れたら大丈夫なのかなって思って、お母さんに抱えられたまま私も目を閉じた。

 ………。

 苦しい。

 慣れない。

「ぅ…」

 それと痛い。抱える力が弱まるどころかますます強くなっていく。頭の後ろがぐーっと押されて、鼻がぐーっと押されて。痛い。

 力で振りほどくのも無理だった。お母さん強い。

 なんとか逃げようとお母さんを押したりばたばた暴れたりしたら起きてくれた。

「ごめぇん……」

 舌足らずのまま謝っては私を離す。ごろごろと転んでお母さんから少し距離を置いて息を整える。ベッドが広くてよかった。

「…………」

 私を離してまた眠ったお母さんを見詰めていたら、なんだか喉が渇いた。なんの関係があるかはよくわからないけど、取り敢えずベッドを抜け出す。

「ひぇっ…」

 急な寒さに体が少し縮まる。ベッドに戻りたい気持ちを抑えながら寝室のドアを開ける。

 明るい居間に出た。もう朝ご飯の準備をしているのか、美味しい匂いがする。

「もう起きた?」

 ちょこんとパパが顔を出した。エプロン姿だった。

「うん。」

 軽く返事してパパの元に近付く。室内履きも履いてる。寒がりなんだから。

「足寒くない?」

「丁度いい。」

 少し涼しいから、ちょっと気持ちいい。

「なに作るの?」

 料理に戻ったパパのお腹に手を当てて、肩越しに覗こうとしたけど高かったので横から覗いてみた。

「味噌汁」

「素っ気なぁいなぁ。」

「止めっ」

 パパのお腹をもみもみしてたら手を叩かれた。やめろって意味なのだろう。

「はーい。」

 とぼとぼと、なるべく落ち込んだ仕草でパパから離れていく。見向きもしないんだ。素っ気ないなぁ。

 仕方なく居間に戻ってソファに横たわる。髪の毛が頬に張り付く感じがした。

 ぼーっと私が出た部屋のドアを眺める。薄茶色の壁紙と、薄茶色のドアと。黒色のドアノブ。

 他に飾りはない、とてもシンプルな形の壁。ただただその壁を眺めていると、お腹空いた。

「ご飯まだー?」

 昨日晩ご飯食べなかったからだろうか。すごくお腹空いた。

「もうすぐだよ」

 もうすぐ。

「えぇー。」

 まだ掛かるんだろうなぁ。お腹空いたのに。

 パパにばれないようにお菓子でも食べようかな。つまみ食いしちゃおっかな。

「おはよ……」

 ソファから体を起こしてお菓子探しに始めた時、お母さんが部屋から出た。まだ眠そうに目を擦りながら欠伸をする姿はとても幼く見える。もし姉がいたらお母さんみたいな人だっただろう。

 お母さんは挨拶してから居間を見渡し、ソファまで来て私に抱き着いた。

「んぐっ」

「勝手に逃げやがってぇ…」

 すりすりと、ほっぺでほっぺを撫でるように動く。

「朝くらいはお母さんの好きにされろーぉ」

 少し喚く感じで私に縋り付く。こんな姿のせいで幼く見えるのだろう。

「はぁー…」

 すりすりをやめて、大きくため息を吐く。なんで。私なんか悪いことでもしたの。

「どしたん。」

 顔もちょっと曇っている。

「寒いな……今日」

 寒いだけか。確かに、お母さん服薄いな。じゃあ仕方ないか。

「寒いから抱き着いていい?」

 抱き着いて、離れて。また抱き着いたいと言うお母さん。変だね。好きにすればいいのに。

「うん。」

 うぁ、息苦しい。

「んへへ」

 足をばたばたしながら抱き着くのはとても犬っぽい。大昔あったな、大型犬。白くて大っきいやつ。今も元気かな。

「ちょっと、苦しいけど。」

 胸をぐうっと押されて苦しい。今日はなんか苦しいのが多いな。お母さんも、普段よりもっと甘えてくるし。

「でもぉ…寒いもぉん」

「えぇー。」

 母親なのに、大人なのに。とても子供みたいだ。素直でよろしいのか。

「ねぇねぇマリエちゃん。朝ご飯食べたらお買い物行かない?」

 なんの前触れもなく、ぽつりと。ほんの少しだけ潤った声色で呟いた。

「急だね。」

「行きたくなったもん」

 話し方もなーんか子供っぽーい。

「いいよー」

 買い物かぁ。なに買おうかな。お菓子とか色々買っちゃおうかな。

「あぅぅ」

 犬を撫でるようにお母さんの顎を撫でると、体から力が抜けていく。その隙を狙ってお母さんから離れる。

 残念そうな顔になったお母さんだけど、少しは落ち着きを取り戻したらしく私にしがみつくのはやめた。代わりに私の上に跨る。お母さんの髪の毛が顔に垂れてちょっとくすぐったい。

 私の顔の真横に手を置いて、私の真上でじーっと。私を見詰める。愛されてるねぇ。

「マリエちゃん唇赤いね」

 私の唇を指でなぞる。

「お陰様で。」

「ありがとうね」

「どういたしまして。」

 お母さんも結構赤くてぷるんぷるんしてると思うな。触ったらいい気分になるかな。

「目つきはパパとそっくりだね」

 それいつも言われるけど、私はあんま感じらんないな。

「唇はお母さんなのに」

 だんだんお母さんの顔が近付いくる。

「お母さん、重い。」

「ごめんねぇ」

 でも離れない。

「ご飯出来たよー」

 パパが呼んでも、離れない。見詰められる。


 ご飯美味しかった。満足気に自分のお腹を擦る。程よく温まったソファに深く体を沈ませては目を瞑る。

「ねね、何して遊ぶ?ゲームする?お散歩する?家でくつろぐのもいいよ?」

「なんで?」

 買い物行くんじゃなかったの。ご飯食べたら外出たくなくなったのかな。

「最近あまり気にかけてくれなかったからそのお詫びに、一杯甘えていいの」

 私の頭を持ち上げて太ももに置く。これ、太ももを枕にするのになんで膝枕と呼ぶんだろう。

「そうだっけ?」

 気にかけてくれなかったよりその逆な気がするけど。

「そうなのー」

 私の前髪を持ち上げておでこを露わにする。涼しくなった。

「んふふ」

 嬉しそうなな顔。

 いつでも笑顔を失わないお母さんすごいなぁ。

「ゲームするか。」

 こっちもにこにこと、幸せな笑顔を作り返した。

「もう可愛いなぁー」

 お母さんが、嬉しくて仕方がないって感じの顔で私を見下ろす。

 見ていて幸せな顔なんだろうか。

 今の私は。


「なんか疲れたぁ。」

 隣でテレビを眺めているパパに抱き着く。

「逃げないでぇ」

 パパに抱き着いた私に抱き着くお母さん。電車ごっこみたいだな。

「疲れたからパパと遊ぶ。」

「何して遊ぶ?」

「ねぇ」

「散歩?」

「いいよ」

「ねぇー 」

 ケーキ食べたいな。

「無視しないでぇ」

 食べに行こっか。


「美味しい?」

 嬉しそうにケーキを頬張って、もぐもぐ…兎みたいだなぁ…可愛いなぁ……

「美味しい。」

 ごくっと飲み込んでから返事する。健気だね。いい子ね。

「だらしない顔」

「いいじゃん別に……」

 ほっぺをつんつんされた。

「人前でそんな顔しちゃ駄目でしょう」

 あら、叱られてる?

「そうだよ。お母さんだからもっと真面目にしてよ。」

 娘にも叱られた。

「うん……」

 母親なのに。

「なんで抱き着くの。」

 顔が問題なら誰にも見えないよう、隠せばいいだろう。

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