6:シアン・シュトラス
アマリリスは17歳になった。
グリードに攫われそうになった恐怖による心の傷も段々と癒えていった。
相変わらず離宮での穏やかな生活が続く。
もう、このままここで飼い殺しのまま、おばあちゃんになるのかしら?
アマリリスはそんなこともぼんやり考えながら暮らしていた。
そんな中、ある日突然国王であるお父様に呼ばれた。
そんなことは初めてだった。
王宮内の国王室を従者に案内してもらって急いで訪ねた。
こんなお部屋でお父様は執務をしているのね……
「アマリリスです。入っていいですか?」
部屋の中から許可が出る。
重い扉を従者がゆっくり押し開けてくれて中に入った。
部屋の中では執務机の向こうの椅子に座っているお父様と、机の手前に立っている誰かの後ろ姿が見えた。
……?どなたかしら?
アマリリスはその後ろ姿を見つめる。
すると不意に振り向き、2人は目が合った。
「!!!!」
アマリリスは声にならない叫び声をあげ、口がポカンと開いてしまうので両手で口元を隠した。
シアン!!
思い出の中のシアンより背が高く、凛々しい顔立ちになっていた。
焦茶色の柔らかそうな髪に琥珀色の優しい瞳。
とてもカッコいい青年になっているシアンを見て、アマリリスは思わず頬を染めた。
「……その様子だと、本当に知り合いらしいな」
お父様がシアンを見ながら言った。
「はい。6年前にたまたま王宮の園庭で出会いました。その時にアマリリス王女様に騎士の誓いを立てております」
シアンがお父様の方を向いて言った。
「……ふむ。当時、報告に受けてた通りだな。よかろう。お前をアマリリスの近衛に任命する」
お父様がそう言い切った。
「……アマリリス」
お父様が今度はアマリリスに話しかけてくる。
「……はい」
「シアン・シュトラス次期侯爵をアマリリスの近衛に任命する。何かあった時に守ってもらいなさい」
お父様が伏し目がちにため息をつきながらそう言った。
……シアンが……近衛?
本当に?
驚きすぎてアマリリスはコクンと頷くことしかできなかった。
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それからの生活はアマリリスにとって、とても充実している毎日だった。
シアンは王宮の騎士団の寮に住んでいて、朝から夕方までアマリリスの離宮に出向いてくれた。
アマリリスは自分が作ったケーキと紅茶でシアンにおもてなしをするのが好きだった。
「王女様みずから給仕していただくなんて恐れ多いですよ」
シアンは困り顔で笑いながらも、喜んでくれた。
アマリリスは嬉しくてニコニコしながらシアンとのお茶会を楽しんだ。
シアンは意外に甘党で、紅茶にたっぷり砂糖を入れるのが好きだし、甘いお菓子も好きだった。
アマリリスの作ったお菓子もとっても褒めてくれた。
誰かに何かしてあげれるのって本当に嬉しい。
アマリリスの心の中があったかいもので満たされた。
「シアンはどうやって私の近衛になったの?」
アマリリスはシアンの瞳を見つめながらふと気になっていたことを聞いた。
「もともと王宮の騎士団に入っていたんです。そこで今回アマリリス様の近衛になる試験を受けました」
「……試験?」
「はい。ジェイド王子とクレイ王子に勝つことでした。特にクレイ王子には苦戦しましたよ。アマリリス様の近くにいる為には強くなくてはいけないと散々言われて……」
シアンは当時を思い出してるのか、困った表情を浮かべた。
「時間はかかりましたが、王子に勝つことが出来ました。アマリリス様との約束を守りたかったんです」
シアンがアマリリスの瞳をしっかりと見つめて微笑んだ。
シアンはアマリリスの知らない所でとても頑張って、幼いころの約束を果たそうとしてくれていたのだ。
「シアン。約束を守ってくれてありがとう」
アマリリスは微笑みながら感謝を伝えた。
「こちらこそ、待っていてくれてありがとう」
シアンが優しく笑ってくれた。
幼いころに見た琥珀色の優しい眼差しは変わっていない。
アマリリスは幸福だった。
それからも2人はたくさん会話を交わした。
会えなかった時間を埋めるかのように。
穏やかで楽しい時が過ぎていった。
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18歳になった誕生日、シアンがプレゼントをくれた。
「高価な物じゃないですが……」
シアンが少し照れながら小さな可愛い包みを渡してくれた。
「開けてもいい?」
「いいですよ」
包みを開けると可愛らしい小瓶が入っていた。
「……これは……香水?」
アマリリスは嬉しそうに微笑みながら首をかしげた。
詳しく話を聞くと、街で若い女性に人気の香水店で買ってきてくれたらしい。
前に王宮から出られないことを嘆いたアマリリスのためを思ってかもしれない。
アマリリスはシアンのその心遣いに一層嬉しくなった。
お父様やサラたち以外に誕生日を……生まれてきたことを祝ってもらえるのは初めてだった。
「……わぁ、いい匂い」
香水を試しにつけてみると、お花の〝アマリリス〟などがブレンドされたの少し甘い匂いの香水だった。
アマリリスは気に入って毎日つけた。
1番大切になったプレゼントは、最後のプレゼントになった。
ーーーーーー
「お兄様たちが最近慌ただしそうなの。どうしたのかしら?」
アマリリスとシアンは初めて出会ったガゼボのベンチに座って話をしていた。
最近離宮でいる時や2人でいる時は気さくに喋るようにアマリリスからシアンにお願いした。
その方が2人の距離が近くに感じられるからだった。
目の前に広がる大きな池にサワサワと風が吹いて流れていく。
その風景を見ながらシアンが答えてくれた。
「……公務が忙しいのかな?」
何故か眉を下げてシアンが悲しそうに笑った。
私が公務をしていないのを気にかけてくれてるのかしら?
アマリリスはそう思いながらシアンを見つめた。
「私はお兄様たちをなにも手伝えないの。王族なのに……そういった扱いはされてないから」
アマリリスは悲しくなったので、泣かないようにシアンを上目遣いで見つめて口元に笑みを浮かべた。
「……アマリリスがそうゆう笑い方をする時は、泣くのを我慢してるんだね」
シアンがいつかのように頭をなでる。
アマリリスは少し驚いた。
初めて泣きたい時だと指摘する人が現れたことに。
シアンは何でもお見通しのようだ。
「……でも、勉強しなくていいのはよかったの。苦手だから」
アマリリスはイタズラっぽく笑った。
「ハハッ」
シアンがつられて優しく笑みをこぼす。
幼いころ、ここで初めて喋った時みたいだった。
「シアンは泣きたい時だってよく分かったね」
「……心からお慕いしている方のちょっとした変化はよく分かりますよ」
シアンはそう言いながらアマリリスの頬にそっと手を添えてくれた。
「シアン、好きです。王宮はとても息が詰まる所だったけど、あなたに会ってとても息がしやすくなった。自分らしく生きていけるようになった。叶うことならずっと守って欲しい」
アマリリスはそう告白してシアンにギュッと抱きついた。
王女と近衛という関係のため、シアンから何かすることは難しい。
アマリリスはそう考えて勇気を出して自分から行動を起こした。
「……ずっとお守りします」
シアンは優しく抱きしめ返してくれた。
2人にとって、とても幸せなひとときだった。
けれどそんな幸せな時間はすぐに終わりを告げる。
……戦争が始まったからだ。
アマリリス以外の王族は戦争になることを随分前から知っていた。
国王が突然アマリリスのそばにシアンを置いてくれたのは理由があった。
残り短い平和な時間をアマリリスが愛する人と少しでも寄り添って過ごして欲しいという配慮からだった。
アマリリスは最後まで知らないままだった。