感情の色〈煤竹色〉
すすたけいろ/暗い灰黄
―――いなくなればいいのに。
外から聞こえる車の音と、何を言っているのかわからない人の話し声。
気付いてしまってからは耳障りで仕方なく、すっかり眠気が飛んでしまった。
暗闇の中起き上がり、壁を背に座り込む。
そうでなくても近頃眠りが浅いのに。
口から洩れるのは溜息ばかり。
無駄だとわかっていても、そのまま目を閉じた。
何なんだろうと、そう思う。
顔色を窺い、口当たりのいい言葉ばかり並べ立て。
求められるよう振る舞って。
そうして出来上がった自分と、そんな自分を認めてくれる人たち。
相手だって同じだけ気を遣ってくれている。だからこそ成り立つ、良好な関係。
その人たちを落胆させないために、そんな自分をいつまでもいつまでも貫かないといけない。
人を不快にさせないのは、当たり前の配慮なのかもしれないが。
疲れてまでやらなければならないことなのか、と。最近、思うようになってしまった。
相変わらずの話し声は、内容もまるで聞き取れないままで。時折声が大きくなるのは酔っ払ってるからかもしれない。
休日の明け方、ほとんどの人がどう過ごしてるかなんて考えなくてもわかりそうなものなのに。その傍若無人さを見習いたい一方で、できないからこそ培われた今の環境だとわかってはいる。
人とは円満にという一方で、言いたいことは言えばいいといわれる。
言いたいことを言えばどうなるかなんて、考えるまでもない。
意見はあくまで意見なんだと。その人ではなくその考えに対する言葉なんだと。そう取ってくれない人がいる以上、場を荒らすだけなんだから。
もう一度寝るのは諦めて、目を開ける。
引いたカーテンの隙間はうっすら明るい程度で、まだ時間が早いとわかる。
今窓を開けてうるさいとでも叫べれば、少しはスッキリするだろうか。
もちろん、自分にそれができないと知っている。
したが最後、隣近所の目に怯えるようになることも。
相変わらずの話し声。
寝る気も失せ、かといって起き出す気にもなれず。
座り込んだままできもしないことばかり考える。
ふらりと外に出て声の主に文句をつけて、感情任せの言い合いができるような自分なら。
少しは思ったことを正直に言えるだろうか?
どうしなければならないなんて考えず、やらねばならないなんて思わず、普通に動けるようになるだろうか?
傍若無人に振る舞う自分を想像し、苦笑する。
もちろん、わかってる。
それができないから、自分はこうでしかないのだと。
カーテンの隙間から差し込み始めた光に朝の訪れを知る。
観念して立ち上がり、ひとつ息をついた。
話し声はいつの間にか聞こえず。
いなくなってくれたことにほっとすればいいのか、今更遅いと怒るべきか。わからないままカーテンを開ける。
朝になれば、いつものように取り繕い過ごさないといけない。
求められる振舞いを貫かないといけない。
暫くそのまま立っていたが、握りしめていたカーテンの端を再び引いた。
今日は休日。別に朝から起きなくてもいい。
一度明るさに慣れた目にはカーテンを開ける前以上に暗く沈んで見える部屋で、再び座り込み、息を吐く。
カーテンの隙間から漏れる明るさに苛立ち、目を閉じ両腕で覆う。
取り繕わなければ居られない、そんな場しかないのなら。そうでしかいられない自分など、いっそのこといなくなってしまえばいい、なんて。
相変わらずできもしないことばかり、思いながら―――。
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