第八六話 シャルロッタ 一五歳 暴力の悪魔 一七
——不気味な影がずるりと部屋の中へと現れる……そこは王城の中でも誰も近寄らない一角にある部屋、仮面を被った魔人は部屋の中を見渡している。
「……欲する者か、お主だけか?」
鳥を模した仮面をつけた赤い目の魔人闇征く者の前に跪くのは、恐ろしいまでに美しい彫刻のような美を持つ欲する者。
それまでいたはずの知恵ある者の姿は影かたちもないが、彼が発していた闇の力の残穢を捉え闇征く者はふと疑問を感じて質問を投げかける。
「……そうですねえ……暴力の悪魔の様子が気になるそうですよ、特に王都からシャルロッタ・インテリペリの魔力がいきなり消失したことで、そちらに移動したと判断したようです」
「そうか……怠惰な彼奴が自ら動くのは良いことだ」
「気になさらないので?」
「知恵ある者なら戦闘力に不足はない」
ふうん……と少しだけ感心したような表情を浮かべる欲する者だが、筆頭の言葉に少しだけ不満の色が混じっているのを感じて黙る。
訓戒者という存在、それは混沌神の言葉を現世に伝える教団最高位の僧正であり、その権能に応じて象徴する混沌神が異なる。
欲する者は見た目通り混沌神ノルザルツの僧正であり、蟾蜍の怪物にしか見えない知恵ある者は混沌神ターベンディッシュの僧正なのだ。
「もしかしてかなり前に黒書の悪魔を倒されたのを根に持ってるとかですかねえ……ああ、私は気にしませんよ? 肉欲の悪魔なぞ掃いて捨てるくらい存在しておりますので」
「我は知恵ある者ではない、彼奴の考えなど知る由もない」
「ですよねぇ……私も知ったことではないと思っておりますがねぇ」
くすくす笑う欲する者の表情はあまりに侮蔑と軽蔑の色が濃く浮かんでいる……とはいえ本来ワーボスの僧正ではない知恵ある者が暴力の悪魔を呼び出し使役した。
これは混沌四神の盟約に従って最高位である訓戒者には、眷属である悪魔を貸し与える。
おそらく知恵ある者は第三階位に成長させた後、吸収してターベンディッシュの能力を底上げしたいという考えを持っていたのだろう。
「確かに第三階位まで進化すれば神格は強化できる……それより前に倒されれば意味がないがな」
「そうですねえ……オルインピアーダなる小物が滅ぼされたのは少し勿体無い気もしますねえ……まあ所詮第三階位ですけど」
ターベンディッシュの眷属黒書の悪魔は強制進化させると第三階位禁書の悪魔となるが、その召喚にかかるコストを低減させるのだ。
他神の悪魔を吸収して自らの神を強化しておく……お互いが盟約にて手を組んでいても本質的には敵対する神なのだから、相手の力を削いでおくのは神の意向に従う、推奨される行為なのだ。
闇征く者は仮面の下で引き攣ったような笑いを浮かべると、侮蔑の言葉を漏らす。
「シャルロッタ・インテリペリを過小評価しすぎだ、あれは勇者と同格……そしてアンスラックスを滅ぼした強き魂だぞ」
——銀色の戦乙女は引きちぎった左腕を投げ捨てると、必死に抗おうとする悪魔に猛々しい笑みを浮かべたまま問いかける。
「さあ吐きなさいよ、混沌四神が何を探しているって? まあ吐いたところでぶっ殺すけどね」
地面に倒れたまま憎々しげな表情を浮かべる体の大半が欠損し、瀕死にまで追い込まれた闘争の悪魔……そして頭を踏みつけてグリグリしているわたくし。
ちょっとだけ女王様気分を味わいつつも先ほど聞いた混沌四神が強い魂を探しているという言葉の意味を、わたくしはこの悪魔から聞き出すべく、先ほどから彼の頭をグリグリしているのだ
ま、こんなもんか……ワーボスの眷属であれば、この上に存在している第二階位虐殺の悪魔くらいであれば少しは手応えが出てくるだろうけどね。
「だ、誰がお前などに……ぐぎゃああああっ!」
「あなたに拒否権なんかないのよぉ? 自分の立場わかってらっしゃる?」
メリメリメリと音を立ててダルランの頭が少しずつ変形していく。
このまま力をかければ柘榴のように彼の頭は破裂しちゃうだろうけど、少し力を緩めると屈辱からか表情を思い切り歪めてわたくしを見上げる。
まあ、魔法使って記憶から引き出すって手もなくはないけど……額同士を接触させる必要があるから、こいつを首だけにしてからやらないと危ないしなあ。
「……わ、わかった……だが我は闘争の悪魔、お前がいうところの第三階位である故に、それほど多くの情報を持っているわけではない」
「ああ、そうねクソザコですわね」
「く……一五年ほど前、この世界に強い魂が生まれ落ちた……それは神々の盟約を破る行為だ」
ちょうどわたくしがこの世界に転生したのも一五年前……それでこいつはわたくしが強い魂だと思ったってことか。
しかし神々の盟約を破る行為ってのはなんだ? そもそもわたくしがその強い魂だと言われてはいそーですか、と納得できるほど重い理由でこの世界に転生したわけではないし、わたくしはいまだにこの世界に転生した本当の目的を女神様に確認できているわけではないからだ。
世界を跨いで移動する行為自体がもしかしてなんらかの約束事があるとか? もしそうだとしたら前世が男性であったわたくしがこの世界では女性に、しかもこんな絶世の美少女に生まれ変わっちゃったことに関係があるのかもしれない。
「それで? 他に知っている話はないの? ほらほらぁ、さっさと喋っちゃいなさいよぉ……ぶっ殺しちゃうぞ?」
「強い魂の行方を我らが神は探している……お前は逃げ切ることなどできない……」
「よろしい、そこまでだ」
いきなり全く知らない声があたりに響いたことでわたくしが顔を上げると同時に、何か紫色の塊のようなものが視界いっぱいに広がる。
攻撃?! しかもわたくしの探知に全く引っかからずに接近してきたのか?! わたくしが咄嗟に腕をクロスさせてその塊を防御するが、恐ろしいまでの衝撃でわたくしは大きく跳ね飛ばされる。
空中で姿勢をコントロールして地面へと着地するが、ダルランの隣にそれまで影形も無かった不気味な怪物が立っていた。
その怪物の身長はわたくし程度の少し小柄なサイズだが、そのでっぷりと肥満した体とイボだらけの皮膚を持ち、まるでヒキガエルのような醜悪な外見だった。
瞳は濁り切っており、とてもではないけど知的な生物であるようには思えない……だがそのヒキガエル面の怪物はわたくしを見てニヤリと笑いながら、長く伸ばした紫色の舌を口の中へと引っ込める。
「……これ以上お前に情報をやることはないと思ってな……シャルロッタ・インテリペリよ」
「わたくしのファンにしては少し特徴的な外見ね……名前を伺ってもよろしい?」
「私の名は知恵ある者……訓戒者にしてターベンディッシュの言葉を伝えるものである」
訓戒者……知恵ある者? ターベンディッシュの言葉を伝えるということは、混沌神ターベンディッシュの眷属か何かか?
恐ろしく醜い外見はディムトゥリアの眷属と言われても納得できるものなのだが、それにしてもターベンディッシュ……この混沌の神は不可思議な秘密や伝承、そして魔法を極めんとする者が崇める神だ。
魔法を極めるというと求道者のようなイメージがあるかもしれない……だがターベンディッシュの信奉者の知識欲というのは人としてのモラル、常識、良心そういった全てのタガが外れた状態で行われる。
人を実験台にすることなど朝飯前、とてもではないけど言葉にできないような人体実験や国家全体を巻き込んだ壮大な虐殺なども笑顔で行ってのけるそんな異常者達の集団でもある。
「それにしても知恵ある者なんて随分と皮肉な名前じゃない……そうは見えないわ」
「クハハハッ……外見で人を判断するとは辺境の翡翠姫という名も大したことはないな」
知恵ある者は節くれ立ち歪んだ指先を持つ両手を、そのでっぷりと肥満した腹に当てると大きく笑う……醜悪な外見や濁った知性無き瞳とは裏腹にその内部に渦巻く恐ろしいまでの魔力は、これまで出会った悪魔の比ではない。
前世の知識でいえば魔王に匹敵するのではないかと思わせるような威圧感を感じ、わたくしは下手に動けない。
まずいな……エルネットさん達はユルが展開している防御結界の中にいるから安心だけど、ユルがこの知恵ある者を見て完全に恐怖で怯えているのが伝わってくる。
つまりはそれくらいヤバい相手なのだ……先ほどまではお遊び半分で戦えたが、こいつは違うわたくしは本気で戦わないといけないレベルの存在だ。
「……っとその前に片付けねばならないことがあってな……」
「……訓戒者!? お、お許し……ッ!」
まるでカエルがその体よりも大きな鳥を飲み込むかのように、あんぐりと口を開けた知恵ある者は舌を伸ばし、ほぼ一飲みでダルランを口の中へと放り込んでしまう。
メキャッ! バキャッ! という全身を噛み砕くような音と共に知恵ある者は悪魔を飲み下し、大きくゲフウウッとげっぷを漏らす。
大きな腹を撫でてから、皮膚にできている細かい腫瘍を指で掻き毟るとドロリと粘液のようなものが漏れ出し地面へと軽く滴る……その姿を見るだけでも怖気が走るような気分になってしまう。
わたくしを見て歪んだ笑みを浮かべる知恵ある者は舌を使って口の周りを軽く舐め回す。
「これで神の力は維持される……弱体化したとはいえきちんと回収せねばな、わかるだろう?」
_(:3 」∠)_ TSしたとしたら一番やりたいのは女王様役なんです……(照
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