第八四話 シャルロッタ 一五歳 暴力の悪魔 一五
「……俺は、俺はお前を倒して無事にみんなと一緒に帰るんだっ!」
エルネットの斬撃がダルランへと迫る……その一撃は手負いの獣を思わせる鋭さと必死さがあり、闘争の悪魔といえども無視ができるようなものではないはずだった。
ダルランが歪んだような笑顔……混沌の眷属特有のぐにゃりと歪んだ笑顔を浮かべて笑うと、斬撃を見切って指二本で刀身を摘んで受け止める。
まるで巨大な壁に向かってぶつかったような衝撃を感じるが、そのまま全身の力をかけて押し込もうとするエルネット。
だが、右腕一本での力比べとなっているために全くびくともしない。
「ぐううっ……」
「クフフッ……万全の状態であったら、と考えているか?」
「く……くそっ!」
「万全の状態であれば数秒死が遠のいたかもな……しかしッ」
凄まじい速度でエルネットの腹部にダルランの左拳が叩き込まれると彼の体が中に浮く。
兵士鎧金属板を使った鎧の腹部は大きくひしゃげ、貫通はしていないもののエルネットは口から大量の血を吐いてそのまま地面へと叩きつけられる。
一九〇センチメートルを超えているエルネットは鎧も合わせると重量がそれなりにあるはずだったが、まるで曲芸でも見ているかのような光景に、リリーナもデヴィットも信じられないような思いがした。
「うぐあああっ!」
「エルネット!」
すぐに我に帰ったリリーナが必死に愛する男の元へと走る……その光景を見て、軽く紫の舌を覗かせて舌なめずりをしたダルランだったが、その体に複数の火球が衝突し爆発を起こす。
デヴィットが残りの魔力を全て使い果たして放った魔法だが、爆発による煙が収まるとまるで傷ひとつないダルランの姿がそこには立っている。
「……効かぬよ、魔力が足りなさすぎる……そうそう、この魔法だったな? 荊棘の呪い」
「うぎゃああああっ!」
ダルランが魔法を唱えると、デヴィットは先ほど彼が出現させたよりも遥かに多くの荊の蔦に言葉通り巻き込まれる。
全身を締め付ける蔦と鋭い棘は彼の服を貫通して肉体を突き刺し、耐え難い苦痛でデヴィットは悲鳴を上げて悶え苦しむが、身動きすらできず彼は蔦の中へと引き摺り込まれていく。
グニャリと歪んだ笑みを浮かべたダルランは、再び必死になってエルネットの名を呼び続けるリリーナへと視線を戻す。
「いやあ、エルネット! いやだよぉおっ!」
「……逃げろ……リリーナ逃げるんだ……」
「いやだああっ! 貴方も逃げるのッ!」
必死に彼を引っ張ろうとするリリーナだが鍛えられているとはいえ、体格の良いエルネットを動かせるわけがない……涙をボロボロと流しながら必死にエルネットに縋ろうとする彼女の背後にダルランが音もなく立つ。
気配を感じたリリーナは腰に挿している小剣を引き抜くと、思い切り背後に立つ悪魔へと突き立てた。
「お……お前がああっ!」
だが突き立てたはずの小剣はキャアアン! という甲高い音を立ててダルランの外皮に衝突すると砕けちる。
この武器では闘争の悪魔の装甲は貫けない、それがわかっているからこそダルランは避けようともしなかった。
ニヤリと笑うとリリーナの細い腕を掴み、ぐい……と彼女を宙へと持ち上げるが、必死にリリーナはダルランに蹴りを、拳を入れて何とか逃れようとするが全く効果がない。
「気の強い女だ……あの戦士はお前の男か?」
「私の……私の大切な人だ!」
「そうか、であれば……心を完全に折ってしまえば再起はできないな?」
「……え? い、いやあああっ!」
ダルランがリリーナを見つめたまま再び歪んだ笑みを浮かべる……そして左手でリリーナの革鎧に手をかけると、まるで布を破るかのように引き裂く。
彼女が鎧の下に押し込めていた肉体……あちこちに過去の戦闘でついた傷などがあるが、それでも美しく健康的な胸や締まった腹部などがあらわになる。
悲鳴をあげてなんとか逃れようとするリリーナを見つめるダルランは歪んだ笑みのまま、引きちぎった革鎧を地面へと投げ捨てるが、わざとなのかエルネットの視線の中へと残骸を落としてみせた。
「や、やめろ……リリーナに手を出すな……」
「我々悪魔には生殖器を使った繁殖方法はない……が、別の使い方ができる」
ダルランの下腹部を覆っていた装甲のような外皮がメリメリと音を立てて開くと、そこから巨大な管……まるで昆虫が産卵するために使う産卵管のような黒色と黄色に彩られた不気味な器官が出現する。
その太さはリリーナの太ももほどもあるサイズで、眼前に突きつけられたその巨大な産卵管を見てリリーナの顔が恐怖で歪み、そしてダルランの表情を見て今から彼が行おうとしていることを理解して青ざめる。
「い、いや……そんなの……入らないよ……」
「地獄に住まう昆虫、その大半が腐肉に卵を産みつけるものばかりだ……生きている肉体で孵化するのかこの女の胎で試してやろう、十分この女を犯してだがな……」
「や、やめろ……やめてくれ……っ! リリーナ、リリーナああっ!」
「いやああああ! エルネット……エルネットおおおっ!」
リリーナを助けるために、必死にもがくエルネット……そして彼に手を伸ばしてなんとか助けてもらおうと叫ぶリリーナ……二人は涙を流しながらお互いの名前を呼び続ける。
そうだ、愛する者が目の前で悶え苦しみ……そして絶望のどん底に落ちた時、その時こそワーボス神の完璧な贄として祭壇へと捧げるのだ。
エルネット・ファイアーハウスというイングウェイ王国屈指の戦士……その魂が絶望に彩られ混沌へと捧げられた時、どのような眷属へと堕落させられるのか?
ダルランの産卵管がまるで生きているかのように粘液を吹き出しながらビクビクと蠢く、悪魔が愉悦の笑みを浮かべたまま……ゆっくりとリリーナの身体へと突き立てられようとしたその瞬間。
「……この……ドクソゲスナメクジエロダボゴキブリがーーーッ!」
聞いたことのある声とともに、ドゴオオオン! という轟音と凄まじい爆風が周辺に煙を撒きちらす。
そしてリリーナを掴んでいたダルランの体がいきなり吹き飛んでいったことで、エルネットは何が起きたのかわからずに数百メートル近く吹き飛んでいった悪魔の方向を一度見て……そしてそれまでダルランがいたはずの位置へと視線を戻す。
そこには月の光に煌めくように白銀の長い髪が舞い上がり……その細い腕に半裸のリリーナを抱えたイングウェイ王国最高の美姫、辺境の翡翠姫シャルロッタ・インテリペリが怒りの表情を浮かべて立っているのが見えた。
そしてシャルロッタは悪魔に向かって怒号に近い声で叫ぶ……ほんの少しだけ頬が紅潮していたのは怒りだろうか? それとも。
「じょ、女性の敵しかいねーのかぁッ! お前ら悪魔はあああッ!」
——今まさにリリーナさんがとんでもなく太い産卵管を突き立てられようとしたその瞬間……わたくしは本気で地面を蹴り飛ばし、悪魔へとかなり本気ドロップキックをブチかました。
「……シャ……シャルロッタ様……」
リリーナさんが信じられない……と言わんばかりの表情でわたくしを見上げている。
半裸に近いその状態にわたくしは思わずギョッとして思わず頬が熱くなる。
でもスッゲー! 大人の女性ってやっぱ胸でっけーし、腰もしまっててめちゃくちゃ抱き心地いいじゃねえか……フワッフワだぞおい。
い、いや今わたくしもちゃんと女性なんだからなんで大人のしかも普段は気が強そうで飄々としているリリーナさんが思ってたよりも胸が大きくてしかも形がいいなんて見たからってなんで動揺しなければいけないんだ。(超早口)
だが内心なぜか恐ろしく動揺してしまったわたくしは、慌てて目を逸らして信頼できる僕であるユルを呼ぶ。
「あ、っと……ユ、ユル?! リリーナさんをお願いしますわ」
「はいはい……他の方達も助けておきましたよ……デヴィットさんも傷だらけですが、命は取り留めています」
ユルが小走りに走り寄ってきて、少し呆れたような表情を浮かべたままリリーナさんを器用に頭を使って背中に乗せると、エルネットさんの側へと運んでいく。
すでに気絶しているエミリオさんと、デヴィットさんも集められており、ユルが彼女をエルネットさんの側へとおろすと、二人は泣きながらお互いを抱きしめ合う。
「よかった……ごめん、ごめん……もう離さないから……」
「怖かった……エルネット……怖かったよぉ……」
ああ、いいなあ……なんか少し前よりもお互いの距離感が縮まったのかな? ふと二人を見てほっこりする気分になるが、しかしこいつは酷いな。
闘争の悪魔……第三階位に属するワーボス神の眷属でその外見は様々だが、今回出現しているのは昆虫型……悪魔として召喚されるものの中では最も成長力に優れ、能力も桁違いに高い存在だ。
ちなみに他の混沌神の眷属だと人間型が最も優れているものとか、不定形が良いとかまあ様々な形状を持っているのだけど、ワーボス神の眷属は階位を上げていくに従って次第に人間型に近づいていくという謎の特徴があったりもする。
単なる力任せに暴れるだけの第四階位暴力の悪魔と違って知能が高く、言語を解し高レベルの魔法を操り、そして格闘戦能力に優れている。
「……き、貴様……まさか……シャルロッタ・インテリペリ……?」
ズシッと重い何かが砂煙の中から現れる……半身が砕け散ったかのように大きく肉体を欠損し、青黒い血液を撒き散らしながら怒りの表情を浮かべてこちらへと歩いてくる悪魔。
驚愕の表情……それ以上についに獲物を見つけたのだろう、微妙な笑みを浮かべているその化け物は欠損している肉体を急速に再生させながらゆっくりと拳をゴキゴキと鳴らしている。
わたくしはそのドクソゲスナメクジエロダボゴキブリ悪魔へと指を突きつけ、腰に手を当ててポーズを決めながら叫ぶ。
「さあ、このシャルロッタ・インテリペリが来たからには、お前の悪事と下劣なセクハラはここでおしまいですわよ!」
_(:3 」∠)_ なぜか大人の女性を抱き抱えたことで男性みたいな反応をする貴族令嬢
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